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[路端のブランチ]vol.21「最後の晩餐」に何を食べたい?

Column

結構よくある話のネタだとは思うけれど、いざ思いつくところは難しい。学生時代、よく深夜バイトで金を貯めては海外へ放浪の旅に飛び出していた。そのたびに、私は「最後の晩餐」を疑似体験していたんだ。

時間だけはある学生時代、1か月の滞在は当たり前だった。なけなしの金で宿代と食費をケチりながら旅をしていたし、行先が食事が美味しい国とは限らなかったので、最低1か月、食事を楽しみにできない生活が続く。いざ空港へ向かう足取りの軽さとは裏腹に、唯一気が滅入りそうになるのは飯の心配という訳だ。

自宅からスーツケースを引き擦って、京成上野駅から成田へ向かう直前、迎えるのが毎度恒例となった「最後の晩餐」。ここで何を食べるかなんだけど、毎度定番と化していたのがトンカツだった。和食という選択はありがちなんだけど、よりによってトンカツか、と。もっとあるでしょ、寿司とか蕎麦とか……。

色々悩むんだけど、上野路地裏にある、老舗のトンカツ屋へ行くのが結局のところ定着した。懐事情を鑑みて、旅の前に余計な散在をしたくなかったというのは否めない。ただ、なぜかいざしばらく慣れ親しんだ飯にありつけないとなると、急に恋しくなるのはここのトンカツだった。老舗だけど、定食で2000円超えるような高級店ではなくて、ロースカツ定食なら800円とか、ヒレカツにしてもせいぜい1000円くらいの手ごろな価格帯で、構成はきわめてシンプル。手のひらほどのカツと標高4センチぐらいに盛られた白飯、浅漬けと赤味噌、キャベツは勿論、山盛り。過不足ない。完璧だ。

何がすごいって、びっくりするくらい肉が柔らかい。火は通っているけれど、若干赤みを残した、あの「いいトンカツ屋」特有の弾力ある歯ごたえが食べるたびにこれだよこれ、ってしっくりくる。駅ナカの惣菜屋とかにあるトンカツ弁当じゃ絶対にありつけない。衣が軽いから、結構肉厚なのに全く胃にもたれなくて。単体だと薄味に思える浅漬けも、普段はあまり好かない赤味噌も、すべてトンカツのサポートに回ると見事な仕事ぶり!心地よい、満腹感を存分に味わえる。

イギリスで食べた恐ろしいほど味のしない(そして生臭い)フィッシュアンドチップスとか、アメリカの見ただけで胃もたれするコンビニのホットサービスとか。ちょっとそれと比べたら極端かもしれないけれど、揚げる、っていう調理工程のネガティブ面を全く感じさせない逸品。食感とか素材とか、そういう微妙な違いを愉しめる食事こそ、日本を発つ前に恋しくなるんだ、きっと。

社会人になってから、しばらく旅行はご無沙汰だけれど、定期的にこのトンカツ屋には足を運んでいる。赤味噌を流し込んで、木の引き戸を閉めて、白い暖簾を押して出るときには、いつも同じ気持ちで満たされているんだ。もし、本当に「最後の晩餐」、いや「最期の晩餐」になっても、ここで飯を食べるかもしれない。

日曜日、時計を外す。
 そろそろ昼飯を食っておこうとか、もう帰ろう、とか考えることすら億劫だ。あまりに遅刻癖が治らないから、仕方なく間に合わせのチープカシオを平日だけつけるけれど、基本的には時計を見られない。類は友を呼ぶというが、周りもそんな輩が不思議に多い。
 そういう奴らと遊んだり、野暮用を済ませたりすると、自ずと昼飯はグダラグダリとしてしまう。開店前に並ばなきゃいけない飯屋に休みの日を使ってわざわざ行くなんて、僕らの頭には浮かばない。
 時間を気にせず、その時いた場所でサクッと食うメシが一番だ。   iv
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