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[路端のブランチ]vol.26 箸で食べる洋食の、丁寧な味。

Column

忘れ去られたようにある、独り身のための洋食屋。思い当たる店はないか。

独り身のため、とわざわざいうのは、テーブル席がないからだ。カウンターだけで、店主とにらめっこ。かといって会話はない。

気まぐれな腹の虫にだけ忠実に、時間をかけず、時間に縛られず、腹いっぱい、そんな店のことをいう。

上野アメ横のとある十字路、線路脇に、ちょうど当てはまる店があって、少なくとも月一くらいは必ず行くんだ。好きな輸入品の革靴やデニムを扱う店が斜向いにあって、買い物ついでに腹が減ったら入る。それくらいの感覚だ。ただ、あれほど安い飲食店が密集している中で特段身内でもない店をリピートしているのには、やはりそれなりの理由がある。

この手の洋食屋に間違いないのは、サービスランチセットだ。必ず、ある。揚げ物と申し訳程度の肉料理をオマケでつけた、お子様ランチみたいなやつ。

こいつはアラカルトで色々頼む前に、店のメニューのクオリティをちょびっとずつ判断できるからありがたい。これの味がどうかで、リピートするかは9割決まる。

で、この洋食屋におけるセットのハンバーグ、こいつこそ、私が数あるアメ横のメシ処でここを贔屓にする理由なんだ。

まず、ソース。ドロッとした濃厚な色味と質感は、間違いなく自家製のよく煮込まれたデミグラスソース。赤ワインのコクも玉ねぎの甘さもしっかり感じる。サラサラで洋風甘酢あんかけみたいなチープなやつも悪くはないが、やはり旨いのはどちらかといわれたら迷わずこちらを選ぶだろう。

そして、本体。箸でほぐれるくらいに柔らかい。それでいて、表面に焼き目の硬さが残り、テクスチャを違いを口に入れる前から愉しめる。まるで高級洋食店のような、丁寧な作り。高円寺の某ハンバーグ屋で、8割ツナギみたいな、カチコチの物体を鉄板に載せて出されたことがあるが、ああいう安かろう…なモノとは一線を画している。

一番高いメニューでも1000円するかしないか、街の片隅、年季を重ねて看板がグラデーションになったカウンターの飯屋で、こんなに丁寧な味を食べられるなんて、なかなかないじゃないか。

『水曜どうでしょう』が好きそうなおっさんと肩を並べて食う、白味噌汁と白飯と皿を並べて出てくるワンプレート。不思議と、わざわざここで食べることを目的に足が向くことはあまりないけれど、ふとした時、腹が減ったら足が向く。

そういう店にこそ、私は通う。

日曜日、時計を外す。
 そろそろ昼飯を食っておこうとか、もう帰ろう、とか考えることすら億劫だ。あまりに遅刻癖が治らないから、仕方なく間に合わせのチープカシオを平日だけつけるけれど、基本的には時計を見られない。類は友を呼ぶというが、周りもそんな輩が不思議に多い。

 そういう奴らと遊んだり、野暮用を済ませたりすると、自ずと昼飯はグダラグダリとしてしまう。開店前に並ばなきゃいけない飯屋に休みの日を使ってわざわざ行くなんて、僕らの頭には浮かばない。
 時間を気にせず、その時いた場所でサクッと食うメシが一番だ。   iv
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