ミタニコーヒー
福岡県の東側に位置する福津・宗像エリア。
海と山に囲まれたこの地域では、地元の素材を活かしたこだわりのお店や、レジャー施設、海沿いで営む雰囲気の良いお店が多数顕在しています。
「福間海岸」は宮地嶽神社の参道、光の道の先にある海岸です。その海岸沿いにもカフェやサーフショップが並びます。
その一角、「IRIE cafe」では土日限定で「ミタニコーヒー」というコーヒー屋さんが出店しています。出店しているのはミタニアキヨさん。
この春から本格的に独立されるということでお話を聞かせていただきました。
インタビュー:Nana Hiro
写真:中村圭甫
入院生活がきっかけでコーヒーに目覚める
—コーヒーに興味をもったきっかけは何でしたか?
最初はスターバックスでした。
大学生の時に学校祭の実行委員会に入っていて、その作業をするためにスタバに通っていました。忙しい中で店員さんに声をかけてもらえることが嬉しく、頑張れた経験があり、働いてみたいと思いました。
委員会が落ち着いたタイミングでスタバに入ることができたのですが、入社後すぐの教育期間の時に体調を崩し入院することになり、やむなく辞めることになってしまいました。
入院している時にコーヒーが飲みたいと思い、外出許可を取りコーヒー器具を買いに行くことにしました。
ひとまず、ケトルとコーヒーバックを購入して飲みました。そのときにコーヒーをいれることが楽しい、好きだと気付きました。
その頃インスタグラムが流行り始めた頃でいろんなお店をフォローして行きたいお店リストを作っていたんです。
福岡のコーヒー屋さんの情報をインスタや雑誌、ありとあらゆるものを使って調べました。
その中で入院していた病院の近隣のコーヒー屋さんのラテアートセミナーの募集の情報を見つけました。「マシンに触れられる、ラテアートの体験がしたい!」と思い、再び外出許可を取ってそのセミナーに参加することにしました。
—入院中に?外出許可で?!
そう。リストバンドをつけたまま。(笑)
外したら怒られるのでどうしたら行けるかなと思って、服の下に隠して行きました。許可を取っているので悪いことをしているわけではないんですけどね。
しかしセミナーを受けた後にバンドが見えてしまい店員さんに事情がばれちゃいました。
その話を機に、店員さんと仲良くなっておすすめのコーヒー屋さんの情報を教えてもらったりするようになりました。
それから外出許可が取れるたびに行けそうなコーヒー屋さんを巡るようになりました。
—アキヨさんは同じく福津にある「くつろぎ珈琲」という自家焙煎の店舗で長らく働いていましたよね。
どんな流れで働くようになったのでしょうか。
初めて店舗に行ったのは入院中でした。大学が宗像にあったのでそこから何度か通っていきマスターとお話するようになっていきました。
その頃、入院中に行ったコーヒー屋さんのひとつがとても影響を与えてくれました。アパートの一室で営んでいるコーヒー屋さんだったのですが、空間も提供しているものも満たされるものでした。お店を出るときには背筋がぴんと伸びるような気持ちの切り替えができる空間で。
そのお店のオーナーさんと話している中で初めて「お店がしたい」と感じました。
そうしてそのコーヒー屋さんでラテアートのセミナーに通うようになったのですが、そのお店が閉店することになってしまいました。通うようになって1年くらいでしたね。
その事情をくつろぎ珈琲のマスターに話していたら、「じゃあうちで練習する?」と言ってくれたんです。
それで、お店がゆっくりしている時間を狙い牛乳を買ってラテアートの練習をしに行くようになりました。
マスターにエスプレッソのいれ方を教えてもらってラテの練習をして…
そのうち「もったいないからそれ飲むよ」と言ってくれるお客様に提供することもありました。
—驚きました。なかなかそんな風に言ってくれるお店ってないですよね。無償で…
そうなんです。マスターは了承してくれましたね。ありがたいことに。
そうして練習していたのですが、お客さんも増えてきているのを感じていたので練習するだけでは忍びなく思うようになり洗い物やサーブだけでも手伝うようになっていきました。
そうしたら「ここで働く?」と言ってもらえて…というかそう言われたかも実は覚えていません。きっかけはおそらくマスターも覚えていないかと思いますが自然な流れで働くことになりました。
—すごくいい流れだったんですね。いつから働き始めたのですか?
働き始めたのが大学4年生頃ですね。
—そのまま就職?
そうでしたね。このままお店にいたいなと思って。
もともとは教職につきたくて大学に行きましたが、コーヒーを続けたいと思いその道を選びました。
地元のみんなが後押しして生まれた「ミタニコーヒー」
くつろぎ珈琲に入ってしばらくして「ミタニコーヒー」を始めました。コーヒー屋をやりたいということをお店の人や周りの人に仲良くなるたびに話していたんですよね。
その中で、「自分の屋号を作ってアキちゃんがイベントや行事でコーヒーをいれたらいいんじゃない?」というようなアドバイスをくださった方がいて、それをきっかけに始めてみることにしました。
—初めての出店はどこで行いましたか?
宗像市のカレー屋さんでした。
まだその頃はこの地域に知り合いが多かったわけでないのですが、ブログの飲食情報を見て食べに行ったのがきっかけでした。
お店の方に「ここをどうやって知ったの?何をしている人なの?」と聞かれて経緯をお話したら「じゃあうちでやらない?」と。
それ以前に「福岡コーヒーフェスティバル」というイベントでボランティアをしたことがありました。出店されていた「MANLY COFFEE※」さんでスタッフの方が急遽店頭に立てなくなってしまったトラブルがあったのですが、そのときにお手伝いをさせていただきました。3日間オーナーの須永さんの隣で立たせてもらい、出店するときにどういうものが必要なのか、お客さまにコーヒーについてどのように伝えるのかという接客の仕方を学ばせてもらったんです。
せっかくあの経験をしたのだからわたしにもできるかもしれない。とにかくやってみなくてはわからないと思って、やらせてくださいと引き受けることにしたんです。
お店で1、2ヶ月ごとに店内ライブや周年行事など行われていて、イベントのたびにコーヒーをいれるようになったのが始まりです。
※MANLY COFFEE‥‥福岡市内のスペシャルティコーヒー専門店。オーナーの須永さんは「ジャパンエアロプレスチャンピオンシップ」の主催をされ、エアロプレスのコーヒーの奥深さを広められている。
—その頃「くつろぎ珈琲」に所属しつつ、自分の名義でイベントをすることに関してお店の方は了承してくれたのですか?
はい。それがすごいことで。
自分で取ってきた仕事だからいいんじゃない?と。
マスターはわたしのやることについて反対はせず、のびのびとやらせてくれました。
やってみて失敗したとしたら、どうだったのか、フィードバックして次はこうしたらと助言をしてくれました。
—なかなかそういう店主さんっていないですよね。
はい。本当に。
ここの地域の人たちは「こういうことをしたい」と話した時に後押しをしてくれる方ばかりです。
場所を用意してくれたり、人を繋いで宣伝してくれたり差し入れをくださったりと、本当に応援してくれる方ばかりでした。
—土地柄なんでしょうかね?
福岡自体がそういうところがあるのかな。
福岡のコーヒー屋さんもオープンで惜しみなく知識を教えてくれる人が多いと感じますね。
福岡市はコーヒー屋さん同士の繋がりが強いですが、福津・宗像の地域ではお店や自営業をしている人同士が応援しあっていて、それぞれ別の業態でも一緒にイベントを開催することも多々あります。
この街が好きだからここでやっていきたい、この地域で消費していこうという考えの方が多いです。繋がりも強いし、凝縮されている。
それぞれのお店が企画し、イベントが複数開催されているときはそれぞれに行きあい、その日1日が終わってしまったということもあります。
—それらイベントについてはどうやって発信されていくのでしょうか?
イベントはひとつのお店を借りていくつかお店が集まりマルシェのように開催することが多く、口コミやお客さん伝いで発信され、インスタも活用されています。
お店の人がお客さんとして行くので、また、そのお店のお客さんがそれを見て行くというような流れができます。
—循環しているのですね。良い流れですね。
そうですね。
この地域ならではだな、と思います。
ここにいることが気持ち良いんです。その輪に入っていたい。
誰も無理をしていないんですよね。みんなが各々本当にこの人のところに行きたいと思っているから自分たちの仕事を早く終わらせて顔を出しに行こう。という考えで行きあっています。
—基本はその後福津市内で出店していったのですか?
はい、そうですね。
この活動を始めてこの春で4周年になります。
その間、お店に所属していたので形を変えながらやってきました。
—長いですね。お店に所属することをやめて一人でやろうと思った転機はどういったところだったのでしょうか。
一昨年に体調を崩してしまって、休まなくてはいけないこととなり改めてわたしはどうしたいのだろうと考えました。
このまま、今のお店で一人のスタッフとしてやっていくのか、自分でやっていくのか、どこかに所属しなおすのかどうか…
その頃は、コーヒー以外の技術を身につけたいと思い、お料理やお菓子作りに目を向けました。自分の体と向き合ったときに美味しくてからだに優しい食事を出せたら良いなと感じ、できるだけ自分の手で作りたいなと。
「くつろぎ珈琲」では店長を任せていただくところまで来たので一度今の環境から飛び出してみようと思い、復職できるようになったタイミングで料理が学べるお店に再就職することにしました。
ただ、それでも「ミタニコーヒー」を捨てきれていない自分がいました。
同じ頃このIRIE cafeのオーナーさんが産休に入るので「ミタニコーヒー」として出店してほしいとお話をいただいたのですが、お店を辞めたばかりで一人でできる自信が全く持てず、一度はお断りしました。
ですが、その後福津のクラフトビール店の友人がIRIE cafeでポップアップ出店をすることが決まり、一人では無理だけどその友人と一緒にやるならできるのではないか思いそこに出店をすることにしました。
出店してみて、やはり福津のお客さんのことが好きだ、この人たちと離れたくないと思いました。
接点を持ち続けたいし関わっていることが幸せだと感じました。
そこでポップアップショップの出店が終わるときに一人でも続けさせてもらえないかとお願いして了承していただき、それから飲食店で働きつつ週に一度はここで出店させてもらってきました。
くつろぎ珈琲を辞める頃はお店のスタッフとしての自分についてきてくれているのか、個人としての自分ついてきてくれているのかがわからず自信が持てませんでした。
出店を続けていくうちにお客さんが来てくれることでわたし自身についてきてくれていることを実感することができました。そして、来てくれている方々を幸せにしたい、そのためにどうしたら良いのかと考えるようになりました。
—お客さんと距離が保てるようになってやり方がわかってきたということでしょうか。
そうですね、どういう形が求められているのか、必要とされているのかがわかり自信もついてきて、その人たちのためにできることを考えられるようになってきました。
お菓子やご飯を求めて来てくださる方のためにコーヒーだけでなく喫茶の日を開催したりだとか。
—お客さんが求めていることに応えていきたいということ?
自分のしていきたいこととお客さんの求めていることが一致している感じです。とてもよい状態だと思います。
ありがたいことに出店の依頼などの紹介をいただくようになり忙しくなりました。けれど、体調を崩した経験からしっかりと休息の時間も必要だと自覚していてお店に所属しながらこの活動を続けていくことは難しい。一人でやっていくことを決断しなくてはいけない時期に来たのではないかと感じました。
自分がしたいことは「ミタニコーヒー」を続けること。今そちらに舵をとるべきなのかなと。
レストランという業態を経験したことでカフェやコーヒー屋それぞれが全然違うとわかり、理想の空間や提供したいもののイメージが具体的なものになりました。
焙煎についても、くつろぎ珈琲のマスターに相談したところ、学ばせていただくことになりました。
カウンターでの接客の仕事が好きなのでできるだけ離れたくないのですが、これからの人生の中で離れなくてはいけないタイミングもあるかもしれない。お客さんと繋がりを持ち続けるに焙煎は必要な技術だと思いました。
基本的にわたしは欲張りなのです。
好きなことややりたいことが多すぎて選ぶことができず全てやってしまう。体を壊してしまったことで、体はひとつしかないので取捨選択をしなくてはいけないと学びました。
その結果、福津・宗像には素敵な人たちがたくさんいるのでその人たちと一緒にやっていこうという考えになりました。
自分にできないことや苦手なことは自分が信頼するそれぞれのスペシャリストにお願いすれば良いではないか、と。また、自分の場所が持てれば好きな人たちに来てもらって何かすることができる。なので、物件を探してお店を構えたいと思っています。わたしの仕事は、コーヒーのある空間をつくることだな、と今は思います。
—地域の人と一緒に作るからこそ様々なことができるんですね。
コーヒーを軸にして体験してほしいこと、感じてほしいことは何ですか?
心地良い空間だと思ってもらいたいですし、その人のお気に入りを見つけて欲しいと思います。
現在も常に浅煎りと深煎りの2種類を用意するようにしています。
こちらから提案することによってお気に入りを見つける手段として使ってほしいです。
わたしは好きなものがはっきりしているので選べるのですが、お客さんの話を聞くとコーヒーを難しく捉えていたり、わからないという声を聞くのでそのハードルを下げたいですね。
エアロプレスだけでやっているのも、オペレーションで考えると1杯ずつしか出せないので手間にはなりますが、手軽で持ち運びができるプラスの面もあります。何よりいれることが楽しいし、この味が好きだからそれを伝えたい。
今は4本持っています。どんどん増えちゃった。
これだけの方がミタニコーヒーとしてわかりやすいということもありこの器具に絞っています。
「誰かのファーストコーヒーになっている」
地域に根を張りたいという思い
—客層はどんな方が多いですか?
ファミリーが多いですね。
ちびっこだらけになることがありますよ。子どもが好きだから楽しいです。
子どもたちが説明を聞きすぎて順序をちゃんと覚えてくれるようになったんですよ。
仲良くなったお子さんたちに「今から豆をひくね、お湯をいれるね…」と来てもらうたびに説明していたら、その順序通りに道具を指指し「出して、貸して」と言うようになりました。
2歳くらいの子たちが一緒にエアロプレスを押したがるんですよ!
その子たちにとってコーヒーをいれる道具だと認識し始めてもらえていることが嬉しいです。
お母さんたちもこの子が大きくなったら一緒に来たいと言ってくれる。
そこまで長い目で見てもらえるのがとても嬉しい。
その子たちが大きくなってからも来れるお店にしようと思うようになりました。
福岡と行き来しつつ、どこでどうしたいかと考えてきましたがこちらが合っていると気づけました。これからはこの地域に根を張っていきたいという思いです。
いつも笑顔で明るいアキヨさん。実際にお店に足を運んでもお店の人や地元の方との交流が暖かく地元に愛された存在だと感じます。
福津・宗像の地域に見守られながらもミタニコーヒーはまだ始まったばかり。
これからの活躍が楽しみです。
ミタニコーヒー
IRIE cafeで土日営業(営業日と営業時間はインスタで月初にお知らせ)
IRIE cafe
福岡県福津市宮司浜4丁目2-15 MAUI 1階