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堀口珈琲 秦はる香さん

今回のインタビューは堀口珈琲さんの横浜ロースタリーで行われました。こちらのロースタリーは厳正なコーヒー豆の管理製造を行うための設備が整った、2019年に堀口珈琲さんがつくった新しい製造所です。

本日インタビューをさせていただく堀口珈琲の秦はる香さんは、同社のロースト業務とブレンド業務に携わっています。こちらの堀口珈琲さんでのインタビュー記事を読み、私もこの日を楽しみにしておりました。

インタビュー:しば田ゆき

「堀口珈琲に入る気しかなかった」
福岡から堀口珈琲に入るつもりで東京へ引っ越してきた秦さんが見てきたもの

ー今日はどうぞよろしくお願いいたします。
ー早速ですが、秦さんが堀口珈琲に入社したのはいつ頃ですか?

2013年ですね。

ーどうして堀口珈琲を選んだのでしょうか?

堀口珈琲を選んだ理由としては、「1杯のコーヒーに感動した」というのが理由です。
2011年のLCFマンデリン※1を飲んだ時です、それはまだ二十歳かそれくらいの時でした。結構悩みも多かった時期で、自分の感情や迷ってることとか悩みなどを吹っ切るようなおいしさで。当時福岡に住んでいたのですが、その後上京した時に堀口珈琲の世田谷店で当時の6番(堀口珈琲のブレンドの番号※2)を飲んで、店員さんと話しながら「6番にもマンデリンが入っているんですよね」という話をして。改めておいしいなって思って門を叩いた感じですね。

※1.LCFマンデリン:リーディングコーヒーファミリー(LCF)という、堀口珈琲が率いるコーヒー生豆のバイイングを行う組織が仕入れるインドネシア・スマトラ島産のコーヒー豆の名前。
※2.堀口珈琲のブレンド番号 :堀口珈琲には常時9種類のブレンドがあり、それぞれに1から9の番号がついている。

そのコーヒーを飲んだのはデンマークの短期留学から帰ってきた直後でした。海外にいるとみんなが「日本なら東京と大阪は知ってる」という感じで。自分は東京のことを全然知らないし、東京に一度住んでみたいなという風に思い始めていました。海外にいて、日本のことをなにも説明できないのが恥ずかしく感じて。

ーそうなんですね。

上京するといっても、ちょっと東に行くくらいのつもりでいたので、当時は福岡以外のコーヒー屋さんの豆を発注して調べていたんです。その時のLCFマンデリンはすごいなと思って。

ーお店で飲んだのではなく、自分で抽出して飲んだということですか?

そうです、自分でいれましたね。そこも(堀口珈琲を選んだ理由として)あったと思うんですよね。自分でいれてもおいしかった。

ーなるほど。コーヒー豆自体が美味しいと判断したということですね。
その後まず東京に引っ越して、それから堀口さんの門を叩いたんですか?

そうですね。堀口珈琲に入る気しかなかったので(笑)。落ちたらどうしようかなって思ってました。

ーかっこいいです。

ーちなみにデンマークへ行かれていたとのことですが、デンマークへ留学した理由はなんだったんでしょうか?

それもコーヒーが関係してるんですけど(笑)、2009年のWBC※3がロンドンで開催されていたんです。その時はコーヒーに夢中だったのでロンドンまで見にいったんですよ。

※3.WBC:World Barista Championship(ワールドバリスタチャンピオンシップ)の略。バリスタの世界大会。

ーロンドンまで行ったんですか?すごい行動力ですね!

WBCの時に The Coffee Collective※4のKlausさん※5がかっこいいなって思ったんですよ。

その後ヨーロッパのコーヒー屋を巡ろうと思っていろいろ回ったんですね。The Coffee Collectiveにも行ったんですが、その時に受けた接客がとても良くて。「すごく楽しそうだな」って思ったんですよね。もう一回そこのお店に行きたいなと思ってデンマークを選びました。
デンマークはコーヒーの消費量が多い国なので、コーヒーがそれほど生活に密接している飲料ということでもあり、どういう感じで飲まれているのかというのを見たかったのもあります。

※4. The Coffee Collective:デンマークのコペンハーゲンで2007年に創業したコーヒー屋で、世界的にも著名な店。

※5.Klaus Thomson:The Coffee Collectiveオーナーで2006年のWBCチャンピオン。

ーデンマークでは食べものについて思うところはありましたか?

乳製品がすごくおいしかったです。なんでもないコンビニみたいなところで売られているデニッシュやパンもめちゃくちゃおいしくて。

果物とかは比較的酸が強い感じでしたね。それは帰ってきて感じたんですけど、日本人って甘みとかうまみとか余韻とかが好きだけど、海外の人って果物を口の中をすっきりさせるような感覚で食べるのかなぁと思いました。

ーデンマークと日本ではコーヒーの飲み方や味わいも違いますよね?どちらが好みでしたか?

どちらも好きです。私の中では結構別物という感じですね。

よく「北欧の方々はコーヒーをお茶みたいに飲む」と言いますが、例えば日本ではお茶ってすぐ手に入るから、お茶のことを考える機会が少ないと思うんです。それと似た感じなのかなと。ペットボトルのお茶といれてもらったお茶が違うのと同じ感じですね。

ーなるほど。色々な味を楽しめることは味覚のお仕事をする上でも大切な技能のような気がします。

「ことばはだんだんとシンプルになっていく」

ー堀口珈琲さんの製造所のチーム構成を教えていただけますか?

横浜ロースタリーで働いている人はみんな「製造部」で、社員は10名ほどです。いくつかのチームにわかれていて、ロースト管理をするチーム、ブレンドのチーム、選別、製造管理、流通チーム。それに加えてアルバイトさんもいます。ほとんどの人がチームを掛け持ちしながらやっています。

現在は製造部の中でロースターは4名、ブレンダーは2名です。

ー焙煎士としてのやりがいってどのようなものですか?

仕事ってなんでも楽しくて。味づくりもそうなんですけど、たぶん問題解決とか課題をクリアしていくところに楽しさがあるので、味作りも「うまくいかない」から「できた」ってなった瞬間がいちばん楽しいです。「解決できた」っていうのが楽しさ、やりがいなのかな。

ー焙煎するに当たっての困難や難しさを感じている部分はどんなところですか?

おいしさを保ち続けることが難しいですね。おいしいものを一回だけつくるのは、正直まぐれでもなんでもできると思います。でもそれを作り続けることが難しいので、及第点を取り続けることを最優先するし、それをするためにすごく準備をします。

ー「準備」というのは具体的にどんなことですか?

たとえば生豆保管室の温度を管理したり、焙煎に入る前に焙煎室をどういう温度帯に保っておくかとか、豆を見てどういうアプローチをしかけるかっていうのを考えたり。やってみてだめだったら変えていくというよりは、やる前にめちゃくちゃ見て触ってこうしていこうって想像して準備するところですね。

ー20kg釜※6で焙煎していたら失敗は許されないですよね。

怖いですよね。なのであたらしいことにチャレンジしたいと思ったら、考えられるリスクをとりあえずすべて挙げて、それでもやる価値があるかどうかというのを自分や他の人も納得できたらはじめて実行します。

※6.20kg釜:生豆を焙煎する釜のサイズ。現在堀口珈琲さんが使用している焙煎釜のサイズは20kgの生豆を焙煎できるサイズ。販売豆が1個あたり200gなので、20kgという釜の大きさは相当です。

ーいま堀口珈琲さんの店舗は4店舗※7ですか?

そうですね。

※7.堀口珈琲さんの店舗:堀口珈琲は現在、世田谷店、狛江店、上原店、Otemachi One店の4店舗がある。

ー現在堀口さんは焙煎業務をしている製造所には店舗機能はなくて、製造と店舗が分かれていますね。こちらの横浜ロースタリーができたのが2019年で、それまでは狛江店舗で焙煎をしていたとのことでしたが、当時と状況が変わったのかなと思います。製造と店舗の間での連携をどのようにやっていますか?

シーズナルブレンドが発売される前には、社内資料として動画を撮影し各事業所へ共有しています。

ほかに、堀口珈琲はブランドサイトやオンラインストアも文章量が多いと思うんですけど、すごく「言葉で伝える会社」だなと思います。会議体も複数あって、その中で話す機会を設けるとか、そういうところですごく対話しているなと思います。

ー広報の中川さんもそれは感じますか?

中川さん)感じますね。

さっきの「動画」っていうのは、ブレンドのコンセプトや配合、素材選定までの経緯などさまざまな情報を、秦が直接スタッフに伝えることを意識してやってもらっています。彼女が画面を通して直接伝えることで、各事業部のスタッフはその想いや熱量を感じながら情報をきちんと自分の中に落とし込み、自身のことばでお客様に伝えることができていると思います。

ーなるほど、社内で共有することを丁寧にやっているんですね。

やりすぎて大変です。(笑)

この新しいブレンドも3月初旬に出すものなんですけど、1月に配合を完成させて、そこからどう伝えるかを考えていきます。

ー早い…!

店舗内でも意識を共有するのに時間がかかるので、私が伝えたいことを伝えるのは大体販売の1ヶ月くらい前に終わらせて、そこからは店舗でそれをどう伝えるかっていうのを共有していきます。

ーそれはそこまでやらないといけないっていう責任感でそこまでできるんですか?わたしだったらどこかで「面倒くさい!」ってなっちゃいそう。

事前にいただいたご質問にあった「ブレンダー※8としての心掛け」とも繋がるのですが、やっぱりブレンド※8することによって生まれる良さというのは、「新しい味が作れる」とか「素材の質を向上させていくことへの働きかけができる」とかがあるんですけど、その豊かさを説明せずにただ提供しちゃうと「9種類のブレンド」はお客様にとってはただの「9種類の味」になってしまうんですよ。「9種類の味」だけを提供したいなら9種類のシングルオリジン※9を提供すればいいんですけど。それを私たちってわざわざ高品質な豆を3種も4種も使ってブレンドを作っていて。なので9種で済むかもしれないことを30種類くらいの豆に日々向き合うわけです。もちろんそれには意味があるのでそれも含めてブレンドのことを伝えきるというのはやっていかなきゃいけないことだなと思っています。

あとは、生産者はシングルオリジンで美味しいものをつくっていると思うので、それらがブレンドになるってことが生産者にとって必ずしも嬉しい行為ではないかもしれないということを頭の片隅で考えています。

だからこそ、いいものを創らないといけないし、中途半端な伝え方をして、素材の使用意図が明確でないまま味づくりをしていくと、それこそその高品質なシングルオリジンを素材として使ってブレンドする意味がぼやけてしまうと思っています。生産者への敬意は忘れず「伝えきる」ことを、できているかは別として、意識はしています。

※8.ブレンド/ブレンダー:何種類かの豆を混ぜ合わせたものを「ブレンド」と呼ぶ。ブレンダーはブレンドの味をつくる人。
※9.シングルオリジン:ひとつの生産地のコーヒー豆で、他の産地のコーヒー豆とブレンドされていないものを指す。ここでは特に単一農園のものを指している。

ー素晴らしい心がけですね。

「ブレンダー」というお仕事が堀口珈琲さんでは重要な役割のようですね。

最近の流行はシングルオリジンなのかなと感じているのですが、そういったものに振り回されずにブレンドを大切にしているのは、どういうところから来ているのでしょう?

もともと9種類のブレンドを作ろうってなった経緯が、お客さまがどんなタイミングでもその時の気分にマッチするものを揃えたい。ということで1から9まで焙煎度の浅いものから深いものまで用意しています。ブレンドって3種4種の豆を使って作るんですけど、それぞれ配合って決まってないんですよ。

「これを使わないといけない」というルールはなくて、そうすることで味を保つことができる。シングルオリジン9種だったら、たとえばマンデリンがなくなったらそれを表現する味はほかにないじゃないですか。ブレンドして、コンセプトをしっかり決めておくことで、なにかの素材が欠けてもなにかで補えるっていう状況を作り、お客さまに9種の味を常に楽しんでいただける状況を保っています。

ー堀口さんの定番ブレンド(CLASSICシリーズ)は9種類あって、それぞれに2つずつのことばが添えられていますね※10。ブレンダー内での味の共有のしかたはどうするのですか?ことばで共有しているのでしょうか?

基本的にはこの2つのコンセプトが重要なんです。このコンセプトっていうのは2つのことばを組み合わせたものなんですけど、いろんな解釈ができることばなのでこの解釈を共有していく。たとえば「フルーティ」といっても人によって捉えているフルーツが異なることがあります。だけど「この味わいの方向性はこのフルーツに持っていこうね」っていう「感覚のすり合わせ」みたいなことをやっているような気がします。

※10.堀口珈琲のブレンドに添えられている言葉:堀口珈琲のブレンド9種類にはそれぞれ2つのことばがコンセプトして添えられている。
①BRIGHT & SILKY
②FRUITY & LUSCIOUS
③MILD & HARMONIOUS
④AROMATIC & MELLOW
⑤SMOOTH & CHOCOLATY
⑥WINEY & VELVETY
⑦BITTERSWEET & FULL-BODIED
⑧PROFOUND & ELEGANT
⑨DENSE & TRANQUIL

ーそれは2人という少人数だからできるってことなんですかね?

うちの会社は店舗やオンラインストアで接客をするので、共通認識はある程度あると思うんですけど、ブレンダーっていうのはそれをつくるためにどの素材を選ぼうかっていうところを共有しながらやっていかなきゃいけないので、少ない人数のほうがスムーズなことはあるかなと思います。

ー言語にもひとりひとり使い方や認識に差があるじゃないですか。その差分をどうやって埋めていくんだろうというのが気になりました。

「なぜそう思ったのか」を問いかけるということですね。おいしい時に「なぜおいしいと思ったのか」「どういうところがおいしいと思ったのか」というところを深堀りしていきます。たとえば「あまい」と言った時にどういうあまさがあるのか、どのタイミングで感じるのかというのを話し合ってすり合わせていく。もちろん相手にも言ってもらうし、私も同じように言います。

ーすごい。そういう日々の積み重ねでだんだん埋まっていくんですかね。

そうですね。

中川さん)それはブレンダーもやっているんですけど店舗でもやっています。新しい豆が入荷したら、どのように感じるか、というのを各店舗・各事業所ですり合わせていきます。

いろんな表現をする人がいますよね。たとえば「どんな味?」って聞いたら「ふくよかな女性のような」と言う人もいるわけじゃないですか。それを「なんでふくよかな女性のように感じたのか」という風にひとつずつ掘り下げる。そうなると言葉ってやっぱりだんだんシンプルになってきて。華やかとか酸が強いとか弱いとか、シンプルなことばになってからはじめてすり合わせができる。

ー変な修飾語が入るよりも、ことばがどんどんシンプル化していくというのは面白いです。
焙煎士やブレンダーとして感じている楽しさはなんでしょうか。

どの仕事も楽しさはあると思うのですが、焙煎に関して言うと毎日たくさんの種類の豆を焙煎していることで、季節や気温によるコーヒーひとつひとつの些細な変化に気づくことができて、そこが結構おもしろいなと思っています。たとえばコーヒー生豆が日本に入港してから状態が変化していく様子って「あっ今変わってきた」と、実感として分かるし、焙煎釜が温まりにくい時は外気温の変化を「あ、変わったなぁ」とか気づいたり、些細なことが焙煎に大きく影響するのでそういう気づきとのコミュニケーションがおもしろいです。

ーいつも歩いている道に咲いた小さな花に気づくみたいなことですね。

そうそう。誰も気づいていないけど、私だけ気づいたみたいなことがやっぱりある。

ー素敵です。毎日同じことをやってても、そういうことに気付ける人なんだろうなって思います。

毎日焙煎して毎日自分で飲んでいたら、どうして同じアプローチをしたのにここの味が変わったんだろうっていう風にはなります。そうなった時に「たぶんここが変わったからだ」と考えるということを繰り返しているうちにだんだん先読みができるようになります。私だけじゃなくてきっとみんなも。

ーいえいえ、似たようなことを毎日やっていると「毎日同じだなぁ」と思う人が多いんじゃないかなと思います。だから秦さんは焙煎のお仕事がすごくあっているのだなぁと感じました。

なにかを端折ることなく
目の前のものに向き合い続けていくということ

ー近年日本のカフェシーンが大きく変わってきているように感じています。そういった変わっていくトレンドに対してどのように向き合っていますか。

私個人の考えでしかないんですけど、トレンドと向き合うことってないんですよ。毎年毎年新しいドリッパーとか開発されていくし、新しいものはできるんですけど、コーヒーってもっと単純なもので、新しい抽出器具などができてもそこにそれぞれの理論があってできているので、その理論さえ軸をぶらさなければ別にどんなトレンドが来ても自分ができるおいしさっていうのは変わらないっていうか。ちゃんと自分の軸を持ってそのトレンドをみる。それでいい距離感で付き合っていくくらいの感じしか持ってないです。

ーその「軸」っていうのは悩んだりぶれたりすることはありますか?

ないですね。

ーない!

それって私だからじゃなくて、堀口珈琲っていう30年以上続いてきた諸先輩方が継承してきたものがあって、堀口珈琲の味っていうのがある。私は新米ロースターなので、それを継承していくという気持ちしかありません。堀口珈琲ってクリーンな味わいのコーヒーを目指していて、ブレンドでもそこをちゃんと引き継いでいく、という感覚しかないですね。

ー秦さんはたとえば悩んだ時や行き詰まりを感じた時に行くような、参考にしている店みたいなものは特にないということですか?

ない。ないですねぇ。行き詰まるというといつも行き詰まっているので(笑)、そういう時は散歩とかします。ほかの店に行くとかってよりもひとりになる。

ー結構長い時間散歩するのですか?散歩がお好きなんですか?

散歩好きですね。犬みたいですね。(笑)

ー犬みたい(笑)。

散歩する人っていいですよね。わたしは自転車の方が好きなんですよ。そのふたつのスピード感って違うなって思っていて、散歩好きな人すごいなって思うんですよね。散歩が好きな人のスピード感って小さなお花に気づく人のスピード感なんだろうなって思います。

ー昔コーヒー屋さんにたくさん通っていた時は、いろいろなお店に行かれていましたか?

めちゃくちゃ行ってましたね。

堀口珈琲ってコーヒー豆の種類がすごく多いので、最初の年とかはそれを覚えるのに必死だったんですよ。余裕がでてきてから、東京の有名な店とか老舗店とかにはひととおり行きました。

ー福岡では店舗でバリスタとして抽出をされていたんですよね。今は抽出してお客さんに提供するのとは違うことをしていますよね。接客をしたいなと思ったりしませんか?

接客も好きでした。お客さんの顔を見られるっていいなぁと思いますけど、今はもう私よりできる人たちがやってくれているので。信頼しています。

ー安心していられるんですね。その信頼関係ってどのように築かれているんでしょう。

どうなんでしょうね。お客さんから良い反応が返ってきているということは、味だけで言っているわけではなくて、お店の雰囲気や接客が良かったからおいしいと言ってくれているのでお客さんのリアクションでわかりますね。

ーたしかにそうですね。信頼関係のあるチーム、素晴らしいと思います。

ー秦さんはお休みの日はなにをしてますか?

私の休みの日はつまんないですよ。散歩したりとか(笑)、音楽が好きなのでライブにはよく行きますし、本も好きなのでいつも本を読んでいます。

ーどういう本を読みますか?

今読んでいるのは吉川浩満さんの『理不尽な進化』だったかな。進化論の話なんですけど、生物学に今年の年末年始にハマっていて、それを読んでいました。

特に有名でみなさんに読んで欲しいのは福岡伸一さんの『生物と無生物のあいだ』です。理系の方って考え方が広いのでおもしろいですね。「動的平衡」っていう論を提唱している人なんですけど、動的平衡とは、絶え間ない流れの中で一種のバランスが取れた状態のことです。生命は絶えず自らを壊しつつ、自らを作り変えることによって、生命という秩序を維持しようとしている。たとえば右足を骨折したとしても左足に筋肉がついて右足をフォローしていくっていうようなことを意味していると解釈しています。

ー読んでみます。「動的平衡」おもしろいですね。
秦さん本たくさん読まれているんですね。

中川さん)実は以前のインタビューの時に、秦にブレンド9種類のそれぞれのイメージにあう本(もしくは作家)を紹介してもらっていました。結局まだ公開できていませんが……。

ーそれはとってもおもしろそうです!

中川さん)イメージに合わせて飲んでみよう!とか、そんな楽しみ方もできると思います。

ーわたしは味を伝えることについて、いつも悩んでしまうんですよね。言語でしか伝えられない。お店で説明は一応するのですが、言語で伝えることは本当にただひとつの方法なんだろうかということを考えているんです。

伝え方って必ずしも言語じゃなくてもいいなと思っているんですけど、ただそのイメージの伝え方が言語で伝わる人と、メロディで伝わる人と、結構いろんな人がいるので、その人たちにどうやって伝えようってなった時にいろんな方向で伝える方法をみつけていかないとなぁと思います。

ー本で伝えるというの、とてもよいなと思いました。秦さん音楽でもできそうですね。

味は一貫してると思うので、重厚感があるのか、軽快なのか、ワイルドなのかかわいらしい感じなのか。メロディもことばも、なにかにたとえることも一貫してる。そこのカテゴリーみたいなものを自分の中で作っていけると伝える幅が広がっていくんだろうなと思います。

ーちなみに秦さんはコーヒー業界が長いと思いますが、長いことやっていると思いも寄らないコーヒーに出会うことって減っていきませんか?「たまげるほど美味しい」みたいなこととか、感動することにあまり出会わなくなってしまっているような気がしたり、自分の想定の範囲内でしかコーヒーが出てこなくなっちゃうなぁと思ってて。

やっぱり、感動することは少なくなっていますね。少なくなってるんだけど、でも背景も想像して感動するみたいなことがあって。最近ここ何年も調子悪かったのに、今年良くなったってなったら「がんばったんだな」って。そういう背景の中で感動することも増えてきたかなって感じです。味だけで感動するってことはもうあまりないかもしれないですね。

ー楽しむということには知識や学習が必要だなと最近思っていて。秦さんの回答をいただいて、やっぱりそうなのかもと思いました。

本当そうだと思うんです。「なぜ焙煎を仕事にしようと思いましたか」という質問項目があったと思います。最初はやはり抽出が楽しかったんですが、抽出をやっていくうちに「これって焙煎で決められた幅しか表現できないな」と思って、「じゃあ焙煎しよう」となったんです。だから焙煎できるところで働こうってなって、今度焙煎をしてたら、「生豆のことを理解していかないとこの幅って広げられないな」という風になっていって、どんどん知識を深めていかないとその幅を自分で狭めていってしまうなと感じているんですよね。とはいえ、たとえば抽出しかしないっていうスタイルもめちゃくちゃかっこいいと思ってて、だから別に深めることが最良とも思ってないんですよね。「バリスタとしてトップクオリティを常に出せる」というありかたも全然ありだと思うので、どっちが良い悪いとかじゃなくて、自分はそういう好奇心のなかで動いてきただけって感じです。

ー秦さんらしい深め方が今の形だったということですね。
今取り組んでいることや今後やりたいことなどはありますか?

ないんですよ。笑

あんまりたくさんのことを考えられないので、目の前のことをやっていって、結果が後からついてくればいいかなと思っていて。なんか気合いれてなにかを「やるぞ!」ってなっちゃうとなにかを端折ってしまう気がして。それだったらあとで「できたね」っていう方がいいかな。
老いたかな。笑

 

ー(笑)。老いたためなんですかね?立場も変わるし、知識量も変わるからそうなるのではないでしょうかね。人は持ち物が多いとそうなるのかなと思います。

今日はお時間をいただきありがとうございました。今後もコーヒーを楽しみにしています。

今回のインタビューを通してとても印象的だったのが、「秦さんのことばが的確」ということでした。言いたいことが的確にことばに落としこまれている。

それはきっと、堀口珈琲さんがことばを対話の方法として大切に取り扱っているということ、そしてインタビュー終盤で伺った、本をたくさん読む方だということが関係しているのではと考えます。

堀口珈琲さんはコーヒー業界ではとても有名な会社さんですが、その中で焙煎している秦さんが、肩肘張らずに目の前のことを当然のように遂行していくというスタイルをかっこよく感じました。

プロフェッショナルには、傲りではなく誇りを見せてほしいと思うわたしにとっては、秦さんはまさにコーヒーのプロフェッショナルの立ち姿だと感じました。

今後も堀口珈琲さんのコーヒーがどのように在り続けるのかを見るのが楽しみです。

<堀口珈琲>

千歳船橋店:

〒156-0055 東京都世田谷区船橋1-12-15
営業時間:11:00〜19:00
定休日:第3水曜日

狛江店:
〒201-0003 東京都狛江市和泉本町1-1-30
営業時間10:00~19:00(喫茶は18:00まで)
定休日:月曜日(祝日の月曜日は営業し、翌火曜日をお休みします)

上原店:
〒151-0064 東京都渋谷区上原3-1-2
営業時間:10:00〜19:00
定休日:日曜日

Otemachi One店:
〒100-0004 東京都千代田区大手町1-2-1 Otemachi One 1階 102
営業時間:平日7:00~20:00(※当面は7:30~18:30)、土曜9:00~18:00
定休日:日曜・祝日