File 20

COFFEE LANTERN

福岡市に隣接する太宰府市。有名なところでは太宰府天満宮。昨今有名になった竈門神社。いくつもの史跡や文化的遺産が残る街です。

観光客で賑わいを見せる傍ら山に囲まれたこの街は自然が豊かなことも特徴です。

そんな街の住宅街の一角に「COFFEE LANTERN」さんがあります。

店主の松井布美子さんは、ご自宅の一階を店舗にされ焙煎もご自身でされています。

自宅でお店を営むってどんな感じなのだろう。ご家族の住む家でもあるこのお店を開くまで、どんな道のりがあったのでしょうか。

お話を聞きに訪ねました。

インタビュー:Nana Hiro

写真:中村圭甫

長い間、諦めなかったコーヒーへの思い

家族との暮らし、と夢の実現

—お店を開くまでのお話を教えてください。

最初のきっかけは20年程前にさかのぼります。

学校を卒業して、コーヒーには全く関係なく就職をしました。昔から絵を描くことや美術に興味がありましたが、その時は特にコーヒーが好きということはありませんでした。

あるとき、今でも何故そう思ったのかは不思議なのですが、ふと美味しいコーヒーが飲みたいなと思ったのです。わたしは北九州の出身なのですが、それを聞いた母が夜に2時間だけやっている喫茶店があるみたいだよと教えてくれて早速行ってみることにしました。

そこは、当時からオークションロットなど積極的に取り扱うスペシャルティコーヒー店の先駆けであった「珈琲工房森山」※1のオーナーである森山さんがご自身の研究のために別のお店を借りて営業されている喫茶室でした。メニューはコーヒーのみでお客さま一人一人に合わせて一杯ずつ提供されていました。営業時間は2時間だけとはいえお客さんとお話をしながら3、4時間は営業されていましたね。

恐る恐る扉を開けると暗い店内にネルドリップと胡麻煎りの焙煎器を持った等身大のツタンカーメンが目の前にあって心底驚いたのを覚えています。森山さんは物腰穏やかな方で、ネルドリップのコーヒーを出してもらいその一杯がとても美味しくて感動しました。確かグアテマラだったと思います。その時にコーヒーへの扉を開けてもらいました。

そして、メモを片手に森山さんの基に足繁く通うようになりコーヒーへの興味を募らせ、携わりたいという思いを持ちました。その後鹿児島に住んだのですが、鹿児島のスペシャルティコーヒー店であったヴォアラコーヒーの豆を扱うカフェと昔ながらの自家焙煎コーヒー店で働き、飲食店の仕事やネルドリップの方法を学びました。当時は漠然とカフェを開きたいという思いがありましたが、どんどんコーヒーについて知識を深めたくなっていきました。

1年ほど経過した時、家庭の事情で母の仕事を手伝うために地元の北九州に戻ることになり、昼間は母の仕事を手伝いつつ、平日の夜と週末にスターバックスででアルバイトをする生活になりました。

※1 …北九州市小倉にああるスペシャルティコーヒー専門店。

店主の松井布美子さん

コーヒーが美味しいカフェを開きたいという思いを持ちつつ、具体的にはどうしていきたいかは決まっていませんでした。

そのうちに結婚が決まり、夫の仕事の関係から東京に移り住むことになりました。

結婚をして子どもができ、お店をやりたいというモチベーションはあっても、女性として立ち位置が変わってくる中で「その時」は今ではないなと思っていました。

東京ではCOFFEA EXLIBRIS※2というコーヒーと焼き菓子が素晴らしく美味しいお店が近所の下北沢にあり、転居してから福岡に戻るまでの6年ほど通い店主の太田原さんにスペシャルティコーヒーの様々なことを教えていただきました。

そうして知識を深めつつ、いつかはお店をやりたいなと夢を見続けていました。

転機があったのは東日本大震災が起きたことでした。2人目の子どもが生まれてまもなくのことで、余震が続く中、東京での生活を続けることに不安を覚えました。

このまま死んでしまったら後悔するな…と思い、家族で話し合い、迷いながらも福岡に戻ることを決めました。

夫婦で仕事を辞めて戻り、生活の基盤を整えることに注力しました。

それから、生活が落ち着いてきた頃に再びカフェで働き始めました。

その頃から焙煎について興味を持ち始め、手回し焙煎機を購入し、自宅で焙煎を始めてみたらすごく楽しかったんです。

職場が近かったこともあり、BASKING COFFEE※3さんに通うようになりました。オーナーの榎原さんに自宅で焙煎した豆を飲んでもらってアドバイスをいただいたりするようになって。そうしていくうちに「焙煎機使ってみる?」とお声がけしてもらい、生豆を買って持って行き練習をさせてもらうようになりました。

PROBAT 5キロ釜の大型焙煎機だったので、一度に焼く量が多く、練習で焼いた豆が溜まっていってしまって。試飲に使ったらいいのでは、という提案をもらい、そこで初めて個人で試飲として出店するようになりました。そのうちに購入したいと言ってくださる声をもらい、販売するようになりました。

それから2年半ほど、週に3回程度のペースでイベントに出店するようになりました。

—イベントは主にどこで出店されていたのでしょうか。

福岡市早良区西新の中西商店街というところで出店していました。もともと別の場所で出店していた先でお客さんが紹介して繋いでくれて…というように広がっていきました。

他には東区の香椎の美容室や箱崎、護国神社や北九州の門司など様々な場所で出店しましたね。

今でも「福岡おもちゃ箱」という南区の桧原にあるお店で行われるマルシェに不定期ですが出店しています。毎回新しい出会いがあるので楽しいですね。

搬入し設置して搬出という一連の流れを繰り返してきたので体力がつきました。

※2…下北沢に本店を構えるスペシャルティコーヒー専門店。
※3…福岡市東区のスペシャルティコーヒー専門店。インタビュー「珈琲をつくるひと」参照。

夫が転勤族で住む場所が定まらず、下の子は保育園に通っていたこともあり、店舗を構えるということは難しかったのですが、家族の住まいとして一軒家を探していました。

キャンプに行くことが楽しみな家族なので、利便性よりも緑が感じられる自然が近い環境を求めて探していました。

家探しを始めて3年程経過したときに今のこの場所を見つけました。

この場所であれば、工房兼店舗としてお店をできるのではないか…自分のやりたいことと家族との暮らしが実現できるのではないかなと感じました。

そこで、家を購入し、お店をスタートすることに決めました。それが2年前の2019年5月のことです。

お世話になったCOFFEA EXLIBRISの太田原さんご夫妻に報告すると「よく諦めなかったね」という言葉をいただきました。

—感慨深い一言ですね。

はい。今でも色々と相談をしてお世話になっており、福岡に引っ越したあともお店に行くために東京に行くほど私にとって特別で師匠のような存在です。

すぐに行動に移せる人はすごいなと思います。わたしはじっくり考えて石橋を叩いて、叩いて、渡るほうなので。わたしが自分の好きなことをして、お店を借り帰りが遅くなると、夫も仕事のために帰りが遅いこともあり家族に迷惑をかけることがわかっていました。

この場所であれば家族に夜ご飯を用意することもできるし、子どもが熱を出したとしてもすぐに対応することができます。

小さい規模ではあるけれど、やりたいことができ、家のこともちょうど良いバランスで両立できています。

全く0からのスタートではなくイベント出店からのお客さんが来てくださっていて、これまでの経験は決して無駄じゃなかったと思います。事務作業なども行うので会社勤めしていた頃の経験も役に立っている。

時間はかかったけれど、その分自分では納得しながらお店ができているので全てにおいて無駄なことはなかったと実感しています。

お店があるところは住宅地で一本裏通りにあるので見つけてもらうのはなかなか大変なのですが、インスタグラムなどの情報を基にわざわざ目指して来てくれる方がいらっしゃってありがたいなと思います。

窓の外にある緑を眺めながらここでコーヒーを飲むと元気になると言ってくださる方や遠くでなかなか行けないからと郵送でお願いしてくださる人もいらっしゃいます。

オンラインショップに関しては、ひっそりとオープンしているのですが、どこから知ってくださったのか、県外の方から注文をいただいたりもします。

共感して興味を持っていただけるのは嬉しいですね。

「一杯のコーヒーが心を灯しますように」

お店の名前に込められた温かな願い

—お店の名前の由来を教えてください。

昔から仕事で行き詰まったときや、一人になっていろいろ考えたいときにそばにあったのがコーヒーでした。コーヒー一杯でよしっとで頑張ることがでいたり、元気になれた。

家族ができてからは、家族みんなでキャンプに行き、夜空の下にランタンを灯して、コーヒーを飲むひとときがとても大切な時間でした。

いつもコーヒーに寄り添ってもらっていた。その体験を基にお店の名前にしようと思いました。

最初のロゴはランタンの灯のように1杯のコーヒーで心に灯がともるように願いを込めてランタンそのものをモチーフにしていたのですが、お店をオープンするにあたりリニューアルしました。

「コーヒーが自身の中に入り、身体や心、あなた自身とあなたの見つめるまなざしのその先、未来が灯るように」という願いを込めています。

といっても、このイメージは当時、とてもぼんやりとしたものでした。それを汲み取ってくれた画家の村田篤司さんが私のイメージのパーツをロゴで形にしてくださいました。

優しさをまといつつ、凛とした強いまなざし。耳元にはコーヒーを身体に入れるイメージを表現するためにコーヒーのピアスを付けています。

きっとこのメッセージは村田さんの描く人物でなければ表現できなかったと思います。

店内のアクセサリーは出店先で出会った作家Napierさんのものだそう。

—お店を始められてみて、大変なことはありますか?

そうですね。大変なことよりも良いことの方が多いと実感しています。

無理なくできているんです。

通勤時間もありませんし、先にご飯作って食べさせてからまた仕事に戻るというように時間の融通もききます。

何かあったときに子どもたちを一人にさせないで済むという点でもどこかを借りてお店をするよりはやりやすいです。

そして、家族に助けてもらっていることが多いんです。

最初は家でやっているから全部家のことはやらなくてはいけないかなと思っていました。

ですが、夫も帰りが早いときにお皿を洗ってくれていたりと家事を手伝ってくれて、土曜日もお店を営業しているので、その間に子どもたちを釣りや遊びに連れて行ってくれたりだとか、好きなことを仕事にできていることも含め、甘えさせてもらっていますね。

大変なことを強いて言えば…物音でしょうか。

「お母さんはお店をしている」ということはわかってくれていて、生活音などは気にしてくれているのですが、どこか嬉しいみたいなんですよね。上の子はずいぶん理解してくれているのですが、下の子は時々お客さんと話したくて出てきてしまうんですよ。それがひやひやする。(笑)

—社交的ですね!お子さんと話したいお客さんもいるのではないですか?

お客さまは「いいよいいよ」受け入れてくれるんですけど、それに甘えすぎないようにと思っています。家庭感が垣間見えることはどきどきしますね。家の一部だけど、ここからは家ではないという線引きをしたい。お客さまがわざわざ来てくれてるような立地ですので、過ごす時間も含めた対価をいただいているんだよということを常々話しているのですが…話し相手をしてくれるような優しいお客さまがいるとレゴとか持って来ちゃうんですよ。「やめて〜!」となる(笑)

—それはどきどきしますね!(笑)人見知りしないんですね。

共通の話ができそうだなと察すると話したがってしまうんでしょうね。

ひとりひとりに寄り添ったコーヒーを届けたい

—今後の展望や夢はありますか?

いつか焙煎機は大きくしたいですね。

今使用しているものの性能には満足しているのですが、小さいので焙煎量が増えてくると回数が増え、時間がかかってしまうので今後どのようにしていこうかを考えています。

焙煎の回数が増えることは良いことなのですが、生産性の面と家族との時間が減ってしまうということが課題です。

焙煎機を大きくできたら、いつか今のこの拠点とは別にもうひとつ店舗を作れたらいいなと考えています。

都心というより気持ちのいい場所で、人がきやすい場所なら良いなと思います。

どちらに関しても、無理をせず焦らずにタイミングがきたときには動けるようにしたいという思いはあります。

—焙煎機を選ぶ際はどのように決められましたか?

触らずには買う勇気がなかったので、実際に見に行って触って決めました。

憧れの焙煎機はあるものの今の状況でできるもの、最適なものはどれかと考えて選びましたね。

最初は手回し焙煎だったので、その頃に比べると掃除はしやすいですし、小回りがきいて使いやすいです。大きな工事をしなくて済みましたしね。

使用されている焙煎機はFUJI ROYAL社の COFFEE DISCOVERY。

—焙煎に関しては独学ですか?

BASKING COFFEEさんで焙煎機を使わせてもらった際にありがたいことに一通り教えていただいたんです。

とはいえ、最初はやはりなかなか思う通りには焼けなくてトライアンドエラーの繰り返しでした。湿度や温度も影響するし、豆によっても焙煎の仕方が異なり、前にいいなと思ったプロファイルでも味わいが変わったりします。

やっていく中で自分の正解を見つけていくしかありません。

今でも常に色々なアプローチを試していますし、繰り返していく中で徐々に方向性が定まっていっていると思います。

—理想の味や表現したい味はありますか?


甘さに重きを置きたいと思っています。

豆の持つ風味を生かしつつ、甘さが長く続くように心地よく飲み終えられるようにというのは意識しています。

豆によっても様々な個性な表現の仕方があると思いますし、正解がひとつではないのでそこがまた面白いなと思います。

お客さまがより好みのものを見つけられるようにお店には常に浅煎りと深煎りを置くようにしています。

オーダーされてそのお客さま仕様に焙煎度合いを変えて焼くこともあります。

—オーダーメイドのようですね。松井さんに焼いてほしいから頼みに来てくださるんですね。

すごく喜んでくださるので嬉しいです。

この焙煎機の大きさだと新鮮さはもちろん、お客さまの要望に応えることができるので、そこは強みでもあると捉えています。その上でそれぞれの豆の持つ風味や自分の中の表現の軸はちゃんと持っていたい。

このコーヒー美味しいでしょ?というより、お客さまに寄り添えるような一杯を見つけられたらと思います。

そこから徐々にコーヒーの美味しさの幅を感じてもらい、様々なコーヒーを試してもらえるきっかけになればより嬉しいですね。

自分の好きなことをさせていただいてる中で、自分が経験したように、一人でも多くの人がコーヒーを飲むことで前向きな気持ちになれるようなお手伝いができたらと思っています。

松井さんのお話はご家族のため、お客さんのため…近くの人に寄り添ったものだなと思いました。まさにお店の由来を体現するかのような。

松井さんのお人柄を表すようなやわらかくて優しい味わいのコーヒーと心地の良い店内。

喧騒から離れ、自分のための特別な時間をゆっくりと過ごしたい方は是非足を運んでみてください。

温かな気持ちになれるはずです。

COFFEE LANTERN
福岡県太宰府市国分3-17-2
営業時間:火曜〜土曜 13時〜18時(この時間帯は8/31までの予定です。)
定休日:日月 不定休