ivy

[路端のブランチ]vol.18 インディーズハードコア牛丼

Column

「いやぁ、並んでますね。これなら吉〇家が空いてましたよ」 「いやいや君ね、ここの牛丼を食べたら吉〇家なんて行こうと思えなくなるよ」

食券機の前で冴えないサラリーマン2人、ブツブツうるさい。 8月末、陽の目を見ない蒸した路地裏、べったり脂ぎった景色と排気ガスに包まれて、汗臭い男の街秋葉原の昼飯時は、活気づいている。私の地元では見慣れた光景だが、冷静になってみると他のオフィス街とは異質だ。

黄色い看板にくすんだタイル張り、この地に長いこと根を張るこの店には、今日も数人の列。それなりの広さがあり、すさまじい早さで客をさばいていく営業スタイルからすると、相当な大混雑とみていい。

メニューは牛丼、味噌汁、以上。これには、吉〇家も真っ青のハードコアぶりだ。ガタガタ、カクカクした内装とテキパキと捌いていく入口のおばちゃん、無言で食っては店を立つ老若の野郎たち。中学の頃から、何度来てもこの景色があまりに変わらず、再開発や高層マンションの建設、 外国人観光客の増加など、目まぐるしく変わるこの街でこの時間、この店だけは異次元にあるようだ。

血相変えて、無言で色褪せた丼ぶりに顔をうずめる客たちは、なぜこうも夢中で食らいつくの か。

一言で表すなら、これはハードコアパンクである。

あまりにトゥーマッチ。一般受けはしない一方で、その実はごくシンプル、単純明快、余計なものは一切を削ぎ落し、必要なものを必要以上にギュッと詰め込んでぶん投げてくる。だから、一部の人には熱狂をもって歓迎される。メジャーレーベルでは決して流通することがない、それでいてインディーズシーンで狂信的に支持されるハードコア地下音源のような存在だ。重たく、早く、激しく、濃い。

赤身肉が分厚く、醤油とかつおだしの暗黒汁で煮込まれたすき焼きがこれでもか、というほど、 米を埋めて供される。その迫力は吉〇家や松〇、す〇家といったメジャーレーベルから出ている 牛丼とは比にならない。見た目のみならず、味もすさまじい。一口でメジャー牛丼の倍は米を消費しそうな猛烈な濃さ。それでいて肉の量が倍はあろうかという勢いだから、胃袋にダイレクトアタック。

着席から到着まで、1分弱。他にメニューがないのだから当然だ。狂ったように食べては去っていく先客に倣い、すさまじい勢いで平らげる。音割れ、音漏れ、会場破損もお構いなし、機材が壊れんばかりの音圧で一分刻みの曲を大量に演奏して去っていくハードコアバンドとまるっきし同じ。

さあ、私の前に丼が来た。イヤフォンを耳に差し込んで、音量を上げて、いざ食らいつこう。選曲はDEAD KENNEDYS!

日曜日、時計を外す。
 そろそろ昼飯を食っておこうとか、もう帰ろう、とか考えることすら億劫だ。あまりに遅刻癖が治らないから、仕方なく間に合わせのチープカシオを平日だけつけるけれど、基本的には時計を見られない。類は友を呼ぶというが、周りもそんな輩が不思議に多い。
 そういう奴らと遊んだり、野暮用を済ませたりすると、自ずと昼飯はグダラグダリとしてしまう。開店前に並ばなきゃいけない飯屋に休みの日を使ってわざわざ行くなんて、僕らの頭には浮かばない。
 時間を気にせず、その時いた場所でサクッと食うメシが一番だ。   ivy