[路端のブランチ]vol.5
ようこそ。魅惑のスパイスマウンテン
ビリヤニが食いたい。
これは、なんとも不便な欲求だ。
大抵の場合、人間の一時的な食欲は、我が国ではすぐに、且つ安価に叶う。ラーメンが食べたい。牛丼が食べたい。カレーが食べたい。マックのハンバーガーが食べたい。
無性に食べたいものというのは、実際に食べてみるとそれほどの感動を催さないときも多いし、食べたくなるものは場を選ばずいつでも食べられそうな(その割にあまり頻繁に口にしない)ものが思い浮かぶことが多い気もする。
けれど、ビリヤニという魔の料理は、この手の「無性に食いたい」となる飯であるのは間違いないくせに、そうは店にありつけない、実に厄介な存在だ。
東京の東側、北側、南側、いずれにせよ県境の街には、昔から外国人街ができやすい。例の如 くインドの人も江戸川区の葛西や県境ではないけど人の流れが激しい上野あたりにたくさん住んでいる。ビリヤニが食いたい、こんな衝動に襲われたら、真っ先に向かうのはこの辺り。
ビリヤニ、ってなに?とかいうやつは、そういう日には誘わないことだ。一度味わったことがあるやつなら間違いなく、その虜になっている。間違いなく欲求をシェアできる。カレー屋の1メニューというパターンが多いんだけど、カレーじゃなく、ビリヤニが食いたい。そう思ってくる人が多いはず。
さて、とある日曜日。どうやら上野の外れにビリヤニをメインで出す店があるらしい、と聞いて。インド滞在歴のある友だちを呼び出した次第だ。
近場のサウナで全身を干からびさせて、感覚を鋭敏にしておく。僅かな刺激にも悶えそうなくらいに。水を垂らしたら破裂しそうなくらいに。まだ肌寒い街に体を投げ出して、いざ、向かう。
店のドアを開けて酸欠の頭に強烈なスパイスの香りがラビットパンチを食らわせてくるから、思わずクラッときた。よくあるコスプレみたいな民族衣装ではなく、かっちりシャツのウェイタースタイルでキメたインド人のスタッフ。
「現地思い出すなあ…」どういう訳か嬉しそうな友だち。無愛想な接客がやけにしっくりくる。これは、間違いない店だ。
期待に胸膨らませて、やって来た皿が答え合わせ。これだよ、これ!
チープな金属製の大皿に、雪崩を起こさんばかりの山。その中腹には、落石しかけた骨つきラムがめり込んでいて、スパイスのガスが頂上から湧き上がる。
意を決してかきこんだら、吹き出す汗。身体が内側から燃え上がる感覚。
ああ、来た来た。感慨深い表情で山を登る友だちを尻目に、私もあっという間に中腹にきた。刺激に満ちたスパイスマウンテン……ビリヤニへようこそ。
[路端のブランチ 序文]
日曜日、時計を外す。
そろそろ昼飯を食っておこうとか、もう帰ろう、とか考えることすら億劫だ。あまりに遅刻癖が治らないから、仕方なく間に合わせのチープカシオを平日だけつけるけれど、基本的には時計を見られない。類は友を呼ぶというが、周りもそんな輩が不思議に多い。
そういう奴らと遊んだり、野暮用を済ませたりすると、自ずと昼飯はグダラグダリとしてしまう。開店前に並ばなきゃいけない飯屋に休みの日を使ってわざわざ行くなんて、僕らの頭には浮かばない。
時間を気にせず、その時いた場所でサクッと食うメシが一番だ。 ivy