[路端のブランチ]vol.9 月が満ちる頃、オムライスを
酒が呑めるようになって、やっと4年。
ようやく自分のペースで酒と付き合えるようになってきた。夕陽が落ちかけた頃、to doリストが片付いた週末、逃げ込む先は、行きつけのミュージックバー。カッコつけて”行きつけ”なんていうけど、通い出してからせいぜい半年。ウン十年と通い詰めている諸先輩方に囲まれるのだから、偉そうな顔はできない。
音楽を嗜むのは、酒に比べればもうずっと長くなるが、それでもこの店に集まる諸兄からしてみれば胎の中の赤ん坊みたいなもんだろう。
ママさんが流す粋な音楽に隣の紳士が無言で手渡すアバンギャルドノイズ、ふらりと立ち寄ったアーチストが置いていったアルバム、かかる音楽全て自分のアンテナじゃ絶対に感知できない。周りの会話に相槌を打ちながら、聞き入るうちに、気がつくと夜が更けている。
程よく酒が回り、低音が沁みるようになる頃合い。ヴェルヴェッツの「アフターアワーズ」がかかって、いよいよいい気持ち……そんな時気づく。
しまった、そうだ、飯がまだだ!
腹の鳴りで名曲を台無しにする前に、恐る恐る聞いてみる。
「何か…ご飯ありますか?」
「適当なものでよければ(笑)」
LP盤をひっくり返す少し前に、ちょうど12インチくらいの皿に山盛りで運ばれてきた。ママさんお手製のオムライス。
オムレツはふわっふわ、それでいて白味が多めで味付けもしつこくない。少し甘めで、卵焼きに近いかもしれない。チキンライスはスパイスが効いていて、トッピングはチョップした野菜。まさに、お家ご飯、お任せ料理。家の味。
空きっ腹に酒を流し込んで、荒れた胃袋に優しく染み渡る。それはまさに、ヴェルヴェットのように。
夢中でがっついている私を横目に1人、2人と周りで頼む人が出る。恐らくご飯を食べるつもりで来たわけではないのだけれど、みんな揃って頼んでいる。この不思議な安心感はなんだろね。とにかく、夢中で食べている。皿を前にした人は、みんな。
酒をしこたま飲んだ後、ラーメンやらご飯やら、〆が欲しくなるけど、あの感覚ってある種の寂しさなのかなあと。散々呑んで、満タンなはずなのに、なぜか物足りないあの感覚をさ、埋めるような。
そこらのラーメンなんかとは比べ物にならないくらい、このバーの”ご飯”は満たされる。メニューは毎回違う。ただ共通してここにくるときはだいたい疲れていて、何かぽっかり空いた気分で。そこにピタッとハマるような、不思議な安らぎがあるんだ。美味しいのは間違いない。ただ、それだけじゃない、何か欲しているものを満たしてくれる。
腹が膨れて、疲れに気づいた。瞼と脚と頭が重たい。ああ、そろそろ帰ろうかな。もう一曲、聴いてから。
[路端のブランチ 序文]
日曜日、時計を外す。
そろそろ昼飯を食っておこうとか、もう帰ろう、とか考えることすら億劫だ。あまりに遅刻癖が治らないから、仕方なく間に合わせのチープカシオを平日だけつけるけれど、基本的には時計を見られない。類は友を呼ぶというが、周りもそんな輩が不思議に多い。
そういう奴らと遊んだり、野暮用を済ませたりすると、自ずと昼飯はグダラグダリとしてしまう。開店前に並ばなきゃいけない飯屋に休みの日を使ってわざわざ行くなんて、僕らの頭には浮かばない。
時間を気にせず、その時いた場所でサクッと食うメシが一番だ。 ivy