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marais(パフェ専門店)

福岡市内のコーヒー店をはじめとしたカフェや飲食店で月に一度、間借りのパフェ屋さんがオープンしているのをご存知でしょうか。

「marais(マーレ)」という名のそのパフェ屋さんは、旬の食材をふんだんに使用したその1日限定の特別なパフェを提供しています。開催されるコーヒー店では、パフェとの相性を考えその日のために考案されたドリンクを提供し、パフェと一緒に楽しむことができます。

そんな魅力的なパフェ屋さんを営んでいるのはフリーランスのパティシエである長沼沙織さんです。

今回、開催されるイベントの様子をお写真でお伝えすると共に、maraisの魅力に迫りました。

インタビュー: Nana Hiro

写真:中村圭甫

「続けることに意味がある」パティシエという仕事を通して見つけた「特別感」

—maraisを始める経緯を教えてください。

まず、パティシエという職業についてですが、基本的な就職先はパティスリーに入ることがその職業を理解する近道だと思っています。その他の職種としては、ホテル、結婚式場、カフェなどがあります。

元々、わたしは広島の個人店のパティスリーに5年間勤めていましたが、福岡に住みたいという希望を持っていました。そこで、これまでの経験を活かしパティシエを続けたいと思い、福岡市内のカフェの専属パティシエとして転職しました。

そのお店ではパウンドケーキの端切れなどアレンジして、期間限定のスイーツとして提案したパフェを提供していました。パフェをカフェでしっかりと商品として提供するということはそこで学びました。

現在は、パティスリーやカフェで働きながら、専門学校の講師をしているのですが、これまでの経験からパティシエとしてしたいことは何か?と考えたときに、自分が持っている技術の中で誰か一人のために「特別にしてあげられる」ということにこだわりたいと思いました。そこで、個人の活動として「オーダーメイド」のホールケーキの注文を受けるようになりました。「特別感」へのフォーカスはそこから来ています。

オーダーメイドとなると、注文を頂いて一台ずつその都度に作成します。現在働いているパティスリーではシェフのご厚意で、キッチンを貸してもらうことができ、作成が可能なことではあるので、ケーキの他にできることはないだろうかと考えていました。

その頃、よく友人を家に招いてご飯を作って振舞うということをしていました。

現在、イベントで使用しているパフェグラスは元々ワイングラスで贈り物としていただいたものなのですが、これでパフェを作ったら可愛いなと思い友人向けにデザートとして作り始めました。それから1つの空間に自分の技術とわくわくを構築することができるパフェがいいなと思って。

福岡はケーキの需要が多いのでケーキを食べられるカフェや喫茶は充実していますが、パフェ屋さんってないんですよね。なので、自分が行きたいと思うパフェ屋さんを作りたい、作ればいいのではないかなと考えついたのです。

今まで部屋でやってきたことを本気でやってみよう、どこもやっていないので真剣に取り組んでみようと思ったことが「marais」の始まりです。

「marais」の長沼沙織さん

まだ、お店での提供が始まっていない時、働いているカフェでスタッフ用に道の駅で購入した桃とマスカット、イチジクでパフェを作ってみました。そしたら、とても綺麗にできました。

「これうちでやってみたら?」と提案してもらって実際にお店でお客さんに提供することになりました。

パティスリーではお客さんが直接食べているところを見ることができない。後日、お客さんから美味しかったよと言ってもらえた時は嬉しく思うし、それらの声がモチベーションになります。お客さんのリアルタイムの反応を見てみたいという思いからイートインに魅力を感じていました。

それまで、間借り営業はしたことがなく、いつかしてみたいなあという気持ちがあったのでそのお誘いがとても良いきっかけでした。

maraisは1日だけの開催ですが、「1パフェ入魂」という気持ちでいます。

そのひとつに対して1日だけの特別感、その人への特別にもなる。

このひとつに対して、こんな思いで作っていますということを伝えるようにすることも特別感があって良いのかなと。

毎回自分が行きたい、このペアリングを楽しみたいと思うようなものを提案しています。

そうでないとお客さんが行きたい、食べたいと思わないでしょうから。

試作の際にはまるまるひとつ食べるようにしています。自己満足にならないように、お客さんが最後まで食べられないものを作らないように計算して作っています。

「ホーム」のような場所。人の繋がりと縁が結んだ開催場所

—開催場所に関しては「こういう場所でやりたい」という希望はありましたか?

自分がよく通っていて、おすすめしたいと思うお店です。

お客さんがそのお店に足を運ぶきっかけになって欲しいという思いがあります。

それらのお店と一緒に仕事ができるということもわたしにとっては大きな部分です。

好きなお店のオーナーさんが自分の考えたパフェに合うドリンクを考えてくれるという特別感でちょっとした優越感に浸っています。(笑)

お互いに本気でペアリングを考えて臨むという仕事の仕方ができるということ。

お客さんとして通っていた自分にとっては考えてもみないことですし、当時の自分に教えてあげたいくらい嬉しい仕事です。

—関係性ができたからこそ実現できたんですね。

はい。だからどこでもいいというわけではありません。ただ、ご縁もあって、開催したコーヒー屋さんや飲食店同士で繋いでいただくこともあります。

—普段、自分が通うようになるお店はどのようなところですか?お店と価値観や考え方が合っているなどの理由があったりだとか。

好きで行っていたのにはそれぞれに理由がありますね。

例えば以前開催させていただいた「COFFEE UNIDOS」※1さん。

いろんなコーヒー屋さんが参加しているカッピング会に行ったことがあり、その時に飲んだ UNIDOSさんのコーヒーが美味しかった。それがきっかけでお店に行って店主の田中さんに話しかけたのですが、それからずっと覚えてくれていて。

自分のことを一個人として認識してくれる、そうした親しみやすい接客が通いたい理由になります。開催しているお店の共通点はその部分です。

仕事を一緒にしてみたいという思いはそこから生まれますね。彼らと何かしたいなと。

ものではなく気持ちや行動などで、ギブアンドテイクが両立している。

「覚えていてくれている」ということもそう。自分がされて嬉しいことは人にもしたいなと思うので、わたし自身もお客さんに対して心がけていることです。味だけ美味しいということではなく、「人」が一番大事かな。

※「COFFEE UNIDOS」…福岡県糸島市に店舗を構えるスペシャルティコーヒー専門店。

—お客さんと接する、フロントに立ちたいというのはありますか?

「作る」「接客」の両立はできないので分けたいというのはあります。

maraisでも作りながらだと手が止まってしまいますので、提供し終わった後に説明をしに行くようにしています。

元々、知らない人と話すことは得意ではないので、最初のうちは説明の時間を設ける予定はありませんでした。

ですが、パフェを提供し終えたあとは手が空きます。パフェについての説明書きを用意しているので、どの部分が何にあたるなどその時間を利用してお客さんの疑問に答えるなどコミュニケーションを図り、作り手を知ってもらえることも安心感に繋がるのではないかと思いました。

また、せっかく農家さんとの繋がりができたので、農家さんについて伝えたいとも思いました。

農家さんに還元したい

農家さん選びは重視しています。

これも繋がりやご縁から広がることもあるし、自分で調べて依頼することもあります。

お世話になっていて使いたいものがある農家さんには、事前に旬のものを聞き、採れる時期に合わせて企画するようにしています。

農家さんのこだわりや思いをできるだけ表現したいので、何故この材料を使用しているか、何故この加工をしているかという理由を伝えることは大事だと思っていて。

柑橘農家さんの4種類の柑橘を使用したパフェの際には、素材を活かすために極力火を使わずその違いや特徴わかるように工夫するなどして、とても考えました。

農家さんたちは本当によくしてくれるんです。エディブルフラワーの農家さんはこちらが依頼して使用させてもらっている立場なのに、「可愛く使ってもらってありがとうございます」という風に言ってくださってとてもありがたかったです。

林檎と梨の農家さんは、卸先がいくつかあるけれど、そこで提供されているものは食べたことはないというお話をしていました。

本当はお世話になっている農家さんたちにこそ食べてもらいたいと思っています。そのために素材をどのようにアピールするかを常に考えています。

今はそのような機会がないのですが、いつか必ず実現したい目標のひとつです。

パフェを作る時、何を作りたいかではなく、誰に何をどのようにを届けたいのか、というところからスタートします。その想いを伝えたいからmaraisはこの形になりました。

—人の声を聞いて形にするという行動力がすごいですね。

そういったことが好きなんですよね。

オーダーメイドケーキに関してもどんなものが良いかを詳細に聞き、その人の好みやイメージに合わせて作りたい。ですので、何でも良いというのが困るし、それならわたしじゃなくても良いと思います。

—人のために技術を使っているんですね。お店や自分の場所は欲しいとは思いませんか?

確かに、その方が楽なのではと周りからは言われます。

今、お店を間借りさせてもらっていて確かに気楽にできるわけではありませんし、お店へわたしが責任を持つ意思表明のために開業届けを出しています。

店舗を持つと、家賃などかかる費用が増えて自分で妥協しなくてはいけない点が増えてしまうという懸念事項があり、自分で全て経営するのにはまだ早いと思っていて、今はこの間借りのスタイルが合っているかなと。

自分自身が動けば良いので、店舗を多く持っているというような感じです。場所に囚われないということも良いことではとポジティブな考えにもなっています。

いろんな場所でやるメリットは、それぞれの地域での開催だったから来られたというお客さんがいらっしゃることです。maraisをきっかけにその土地に初めて訪れたなど嬉しいお声もいただくようになりました。

—それぞれ客層が違うのでしょうか。

そうですね、開催場所によって全然異なります。

リピーターさんの記録はしているのですが、女性の一人のお客さんが多いです。予約のシステム上、複数名で予約が難しいということもあるんですけれどね。

—お一人さまでも使い易いのは強みですね。

突然始まったパフェのイベントでどのくらいのお客さんが来るかわからなかったということもありますし、しっかりmaraisのコンセプトが伝わるように自分自身のインスタグラムなどについては公表するつもりはありませんでした。ですので、お客さんとは最初からmaraisのお客さんとして知り合えているからいいなと思います。

予約については公平性から知人だからと席を確保することはしていません。知り合いばかりの空間になってしまって新規のお客さんが居心地悪くなってしまうのも嫌ですしね。

—しっかり自分がやりたいことをするにはその方が良いと思います。

開催が決まると予告しますが、その時点では予約日、予約開始時間に関してお伝えしていません。

よくチケットの前売りの時に予約開始日と時間が告知されていて、いざ開始されるとすぐに売り切れることってありますよね。あまりそういうことは好きでなくて。

まだ、わたしはそこまでの存在に達してないと思っています。もし、そこまで告知するとしても、もっとmaraisが定着し、多くのお客さんに提供できるようになってからなのではないかなと思っています。

ですので、予約をして来てくださるお客さんとの出会いも巡り合わせだと思っています。

以前、医療従事者さんがいらっしゃったことがあってコロナ禍で忙しい中やっと予約が取れて来ることができたと言ってくれました。基本は土日の開催ですが、一度平日に開催したことがあり、平日だったのでやっと来れましたという方もいらっしゃって。そんな方々の楽しみになっていることが嬉しい。

お客さんは言葉にしてくれる人が多く、そういったお話を聞く時間は必要だなと感じます。コロナ禍で人数制限もしていますが、少人数の予約制ならではのメリットではないかと思います。

自分が行動しなかったら生まれなかった時間だなと思い、やってよかったなと思える瞬間です。

—実は甘いものが特には好きではないと聞いたのですが、何故パティシエに?

そうなんです。実はそんなに好きというわけではないんですよ。

お菓子を舞台として創り上げる工程が好きなんです。

お菓子に限らず創り上げる、創り込むことが好きなんです。

小学生の頃に叔母の家によく行っていたのですが、よく叔母の手伝いをしていました。

叔母が栗の渋皮煮などの和菓子をよく作っていて、そこで作ることが楽しいなと興味を持ち始めました。それから友人の誕生日やクリスマスなどのイベントで手作りのお菓子を持っていくようになったのですが、友人たちがとても喜んでくれて「これでこんなに喜んでくれるなんていいな、これを仕事にするのっていいな」と思い、パティシエを目指すようになりました。その頃から福岡に住みたいと思っていたのですが、その頃地元から離れることを家族に反対されていたので祖父の親戚がいるという理由から認めてもらい広島に進学をしたんですね。

それも今はよかったなと思うのが、今でも製菓学校の同級生たちと交流があることです。

広島で開催した際にはその同級生たちに手伝ってもらいました。

学校は同じでも、職場は一緒になったことがないのでとても新鮮でした。

みんなパティシエを続けていてそれぞれに仕事を任せたりしました。例えば、アイスクリームの部分を一人に配合等のレシピを全てお願いして作ってもらったり。そのメンバー全員で作ったパフェはいつもとは違う特別感もあって思い入れがあります。

—素敵ですね!

福岡にはいない切磋琢磨できる存在で、みんな本職なので現場では真剣そのもので刺激的でした。

こうやってそれぞれのお店でアシスタントしてくれる人にも毎回本当に恵まれていると感じます。

—今日お話を聞かせていただいて信念が全くぶれず、やりたいことや自己分析がとてもできているんだなあと思いました。だからみんな一緒にやりたいのだと思います。

働く上でもわかりやすい方がいいと思うので一緒にやるお店の方々にもしっかりと思いを伝えてから始めさせていただいています。1日限定なのでわたし自身も楽しみたいですし、楽しんで働いて欲しいと思います。

—これからはどのような展望をお持ちでしょうか。

maraisを月に一回は開催するということです。

開催日も可能な限り増やしたいですが、素材の保存のために難しい部分もあり2日通しでの開催も検討しています。

そしてまずは1年間の開催を目標にしています。その中でやり方を向上していきたいです。

あと、写真をたくさん撮ってもらっているのでパフェのアルバムも作りたいですね!

—先ほど、今は店舗を持たないでやるとおっしゃっていましたが、農家さんを招待できるような場所があるといいなと思いました!

そうですね、先々理想は住居兼アトリエが欲しいですね。

許可もいろいろいるのですぐにというわけではないですが、いつかその場所が作れたらいいなと思います。何に優先順位を置くのかで、街中になるのか素材が手に入る郊外になるのか、拠点も変わってくると思います。

今は働き先など、いろんな方の助けを借りているので、お世話になっている人に恩返しという意味でしっかり働きたいです。しっかりと全うした上で独立や拠点を構えるなどの次のステップに進みたいですね。

わたしも、maraisのパフェを食べさせてもらいました。

ひとつひとつの部分にこだわりが詰まっていて、ひとつまるごと食べ終わりたくないくらい!全ての部分が美味しいパフェでした。それぞれの部分をどのように組み合わせて食べるのか、その人それぞれの食べ方ができることも面白いです。

味覚も視覚も楽しむことができ、きらきらとした宝石のようなまさにその人にとって月に一度の特別なご褒美です。

毎月楽しみを届けてくれる「marais」次はどこにやってくるのか。そんなわくわくも楽しみのひとつになることでしょう。

marais

開催についてはインスタグラムで告知。→marais

取材場所

BASKING COFFEE kasugabaru

営業時間:11時~19時

定休日:木曜日