森とコーヒー。
福岡県糸島市は移住者が多く日本でも少ない人口上昇のある街。住みやすい街としても近年注目されている街のひとつです。
そんな糸島の「本」という地区に移住され、焙煎所を開かれている方がいます。
筆者と同じ北海道から移住されているというから驚きと共にどんなストーリーがあるのか興味を持ちました。そんなご縁から今回のインタビューにご協力いただいたのが「森とコーヒー。」の山田さんです。
インタビュー:Nana Hiro
写真:中村圭甫
「住みたいところでやりたいことをやる」
—糸島には移住してからどのくらいでしょうか?
移住してからは3年半ほどです。
お店は2018年1月にウェブショップから始めて、翌年2019年1月に店舗を構えたので店舗はまもなく2年になります。
—移住のきっかけはどんな理由だったのでしょうか?
生まれも育ちも札幌でずっと寒いところで暮らしていたので暖かいところに住みたいというのが一番の理由でした。趣味でサーフィンをしていて海で遊ぶのが好きなので海の近くに住みたいと考えていましたね。
以前は、市役所に勤めており市内から動くことがありませんでしたが、住まいも仕事も変えたいという思いは持っていました。
20代の頃から移住について考えていましたが、特別にやりたいことがなく自分から一歩踏み出す理由がありませんでした。
きっかけを掴めずいた時に今の奥さんと出会い、お互いに移住について考えていたことでそれが転機になり話が進みました。
目的としては「暮らしを変えること」がメインで、その中で何をやろうかと考えていました。大きな組織に属し、会社に勤めていると縛られる時間が長く、自由度が欲しいという思いがありました。せっかく仕事を変えるのであればやりたいことをやれる環境が欲しかった。
話をしていく中、奥さんがコーヒー好きで自分自身でも興味を持ちました。それがコーヒーとの出会い。それから自身で手網焙煎を始め、将来仕事にしたいなと漠然と考えるようになりました。ですが、すぐに自家焙煎コーヒー屋を開くというのは現実的ではなかったので、当時は喫茶・カフェから始めようかと考えていました。そこで味を知ってもらって認知されてからゆくゆくはコーヒーだけの販売店をやれたら良いと思っていました。
—住みたい場所はどうやって選んでいったのでしょうか?
他と迷う場所はなくて糸島が丁度良いと思っていました。
一度遊びに来たことがあり、良い場所だなという印象があり、再度見に来てやはり良かったのでここにしようと決めました。
条件としては人の流れがあり、都心に近いほうが良かった。その点、福岡県は一年通して観光で人が来ますし、糸島市は移住者も多く入りやすいということを地元の人から聞いていたので初めて事業を始めるには良さそうだなと感じました。
空港へのアクセスもよく地元の北海道に帰りやすいこともメリットでした。
移住しようと決めてからは、1年以上かけて季節ごとに来て四季の移り変わりを見にきました。
—懸念事項はありましたか?
なかったです。強いていうなら冬が思ったより寒いことでしょうか。
サーフィンをやる上であまり波がなかったのでサーフィン目的というと違いましたね。
店を始めてすぐはあまりできなかったことですが、環境に馴染み始め生活のルーティンができ、最近は遠泳をするなど季節によって遊びを変えて楽しんでいます。
—家を探すのは難しかったですか?
住むところについては地方に来るのだからある程度田舎で暮らしたいと考えていました。
しかし、そういった場所になると賃貸として空いているところがないし、不動産情報に出てこない。たまたま偶然に今の家の賃貸情報を見つけたのが移住をする2ヶ月前のことでした。
静かな環境で一軒家というのはなかったですし、結果的にお店をできているのでここに住めて良かったです。移住前に、兼ねてから移住相談をしている方からカフェの求人情報が出ていると紹介を受けていました。カフェをやるのなら飲食店での経験が必要であると考えていたので、そこで雇ってもらい1年半程働きました。
自分の店については働きながら場所を探していました。自然の中にあり見晴らしの良い海が見えるところを探しました。
しかし、なかなか良い場所に巡り合うことができませんでした。
そこで考えたのが「トレーラーハウス」です。
家の横にあったこの土地は竹やぶだったのですが、ここを綺麗にしたらお店ができるのではないか?と考えました。 トレーラーハウスであれば移動が可能であり、今後より良い場所を見つけた時や何かあった時には移動できるということを加味した上で最終的にこの場所でスタートしたという経緯です。正面には木々があり、静かな環境ですし、山奥ではないので来やすい場所であったので結果的には良い場所でしたね。
「自分に帰ろう、森へ行こう。」
—森とコーヒー。という名前の由来について教えてください。
自分たちが会社員の時、休日にキャンプに行き、湖のほとりで木に囲まれたような場所に行っていました。その時にコーヒーを淹れて飲むという時間がすごく好きだった。
自分にとっての癒しの場所が森であり、そこにコーヒーが共にあるというところからお客さんにその体験をしてもらいたいという思いがありました。
それぞれの人の癒しの空間や場所があると思いますが、僕たちにとってはそれが森だった。
みなさんにとって癒しの場としてうちのコーヒーがあれば良いという願いが込められています。
—暮らしを念頭に置き仕事をするという部分を大事にされているように思いますが、それぞれの距離の取り方についてどのように意識されていますか?体現することが難しいことのようにも感じます。
自分たちのやりたいことだけやっていたら自分勝手になってしまうし、お客さんがあってのコーヒー屋なので加減が難しいとは思います。
うちのお客さんとの向き合い方、お店の作り方や考え方として「自分たちの発信に共感してくれる人たちが集まるという環境を作っていく」ということがあります。
お客さんから要望があったからといって全てに応えていたら、お店としての軸がぶれてしまうので、自分たちと考えていることと違うことに関しては、はっきりと線引きしてお断りするようにしています。
ぶれてはいけないという部分を持ちながらやっていると、自然とうちのことを好まないと思っている人は関わってくることはありませんし、良いと思っている人が集まってきてくれるようになってきています。
そういう方たちがついて来てくれると暮らしと仕事をどちらも大事にしやすい。
この「選ぶ」ということは自分たちのためではあるけれど、それだけでは相手に何の良さもなくなってしまうので何故そうしたいのかという部分の伝え方の工夫が大事だと思っています。
—山田さんのお考えがお客さんとお店が一緒に幸せになれる方法な気がしています。一方的に要望に答え続けてしまうとすり減ってしまうような…
やりたくないけどやっているという状況が生まれ続けてしまうと、なかなか良いものは生まれないと思います。
とはいえ、言葉にするのは簡単ですが、最初から理想通りに実践していくことは難しい。自分がやりたいことを軸にしつつ、やりたくないことややらなくてはいけないこともあるけれど、少しずつ削ぎ落としている。シンプルにしていく作業になっているのかもしれませんね。
—時を経て形になっている実感はありますか?
そうですね。
来年はお店が3年目なのでお店の仕組みを変えていこうと思っています。
例えば、これから、お客さんとオンラインでお店の企画会議をしようと思っています。お店の方針については、これまで夫婦2人で決めていたけれどそろそろお店のことが好きで何度も足を運んでくれている常連さんに意見を求めてもいいなと考えています。
そういう機会を増やし、もっとお店造りに関わってもらおうと思っています。
関わっているという思いを持ってもらえた方がお客さんとしても思い入れが生まれるのではないかな。
また、現在もメニュー数が選別され少なくなっているのですが、最終的には深煎りのコーヒーだけを販売したい。
自分の好きな味が深煎りなのですが、お客さんも深煎り好きが多い。
昔ながらのしっかり苦味のある味を好むお客さんが集まってくれることから、自然とお店のラインナップを深煎りにしていったし、自分の思いとしても「深煎りの店」として特化していきたい。
お店の方向性もお客さんとどんどんマッチングされていっている。そうやってできあがっていっている実感があります。
前提として、自分たちが大事にしてきたお客さんに受け入れてもらえるかどうか、コミュニケーションの中で変化は起こるものだと思っています。
—遠方から来てくれる人が多いですか?どんなお客さんがいらっしゃいますか。
地元の人も多いですが、土日祝日は地方の方も多いです。九州各地から来てくれています。
お店を目的にこちらまで来たと言ってくれる人もいます。
開店当初から来てくれている方々もいらっしゃいます。
お店を始める前にお店造りに関してのボランティアを募集した経緯があります。
お店の前にウッドチップ敷く、看板を書くなど…いくつか小規模のイベントを開催していました。その頃に参加してくれた人たちが今も通って来てくれています。
—お客さんがお店づくりに関わり、そのままお店を利用してくれているなんて素敵です。
お店のイベントのひとつに「森とコーヒーの夜。」というものが開催されていましたがとても興味深かったです。
あのイベントはお店を始める前から開催していて、もう3回目になり、お客さんへの感謝の意味を込めて年に一度行っています。 お菓子をつけて、コーヒーは飲み放題、会場でアーティストをお招きしてギターの演奏を聴いてゆっくりと過ごしてもらうという会です。
50人限定でSNS上に告知を行い、チケットを販売しますが、3日ほどで売り切れてしまいます。
—お客さんへのプレゼントなのですね。
カフェではないので普段できないおもてなしをしたいと思って行ったものでした。普段できないようなサービスを提供できるようなイベントは今後も行いたいと思っています。
—焙煎で表現したいことや伝えたいことはありますか。
最初に自分がコーヒーを知ったときに感じた、「焼きたてのコーヒーはすごく美味しい、とてもすっきりしている飲み物」という驚きと感動を体験して欲しい。
その思いから焙煎してから4日以上経った豆は販売していません。
普段の生活に何気なくコーヒーがあるという人たちに飲んでもらいたいです。
そのため極端な味作りはせず、深煎りでもすっきりと飲みやすいものを目指しています。でも飲み比べたら味が違うということを知ってほしい。ですので、店頭での豆選びの時にも、豆の特徴が異なるものを置くようにしています。現在は全10種類のうち週替わりで3種類を販売しています。
新鮮でありキレのいい後味を感じるそれぞれの豆の特徴がわかるようなコーヒーを作りたいと思い焙煎しています。
—焙煎は独学で学ばれたということですが、どのように行っていったのでしょうか。
僕の場合、始める時の順序が良かったですね。
手網焙煎から始めて、250g用の小さな焙煎機を購入し焙煎しました。
最初の頃は、ネットショップとイベントから始めて、お店を始める前に働いていたカフェでも自分が焼いた豆を使用してもらっていました。
そのカフェはお客さんが多いため、コーヒーの消費量が多く、ネットとの注文が重なったときには朝の5時に起きて8時まで焙煎をして、仕事に行き、夕方に帰宅してから日付を超える0時〜1時まで焙煎するという日々でした。回数にしたら1日20回ほどの焙煎が1ヶ月ほど続くこともありました。トータルにすると2000〜3000回は焼いていたと思います。
そのおかげで何度もやっていくうちに数字の変化、焼き具合や温度変化、味わいの違いなど感覚的に身についていきました。
その後5キロ釜を購入しましたが、それまで使用していたものと同じメーカーのものだったので釜の大きさから温度変化は違うものの、数値を置き換えた仮説を立てることができ、すんなりと始められました。独学でやってきたことで自分なりのルールでやることができたと思います。
「コーヒー屋も場所に捉われる必要がない」
—これからの展望をお聞かせいただけますか?
元々、「住みたいところに住んでやりたいことをやる」という家族で掲げている生活のテーマがあるのでそれを叶えていきたい。
直近の大きな展望としては、次の住みたい場所を見つけてそこでコーヒー屋をやるということです。
今のこの場所は借りている場所なので、いずれは移るタイミングが来ます。移動ができるという利点からトレーラーハウスを選びましたしね。
また、このコロナ渦の影響もありウェブショップの利用者が増えたことからオンラインでいかに全国のお客さんを広げていくか、ネットを使った取り組みも力を入れていきたいです。
暮らしの中に仕事があるというスタイル、静かな場所でただコーヒーを飲むという場所柄強みにできた部分を活かし、他のコーヒー屋さんがやっていない自分たちが純粋にいいなと思っていることを形にできたらいいなと思っています。
今の時代では、パソコンひとつあればどこでも仕事ができる人が増えていますが、飲食店や小売店は基本的に移動ができませんよね。ですが我々のようなコーヒーの製造・販売をしているお店でもそのようなワークスタイルで生きていけるということと実現したいなと思いますね。
ご自身の体験から暮らしと仕事のあり方について考え、移住されたという山田さん。お話を伺った通り、お店では山田さんの暮らしの中に入り込んだようにゆっくりと過ごすことができ、とても心地の良い空間でした。そして暮らしと仕事の新しいかたちを発見できそうな今後のお話を聞いていてわくわくしてしまいました。山田さんと「森とコーヒー。」のこれからがとても楽しみです。
お話いただき、ありがとうございました。
森とコーヒー。
福岡県糸島市本1357−9