File 21

Sleep Coffee and Roaster

かつては米軍基地があった場所で、米軍ハウスという平家のある地域でもあり、移住される方もいらっしゃいます。

かつては米軍基地があった場所で、米軍ハウスという平家のある地域でもあり、移住される方もいらっしゃいます。

そんな西戸崎に築100年の建物を利用したお店が一軒。

「Sleep Coffee and Roaster」「ナツメ書店」一軒の建物で二つのお店の名前があるこのお店を営むのは奥さんご夫婦。ご主人がコーヒー屋さんを、奥様が書店を営んでいます。本日はコーヒーという観点から、「Sleep Coffee and Roaster」を担当されているご主人、奥雄祐さんにお話をお伺いしました。

インタビュー:Hiro Nana
写真:中村圭甫

(コーヒーを出してもらいました。)

今日のコーヒーはブラジルですで、中深煎りです。

濃くハンドドリップしたものを水で割ってアイスにしています。

僕は北九州の出身なのですが、FUGLENの豆を扱っている、Gramo Coffeeというお店で修行をさせてもらっていました。お店では、そこで教わったレシピを参考にしています。

—いただきます。美味しいです。

前職はエンジニアと聞きました。

はい。前職では北九州でマシンエンジニアをしていました。

クレーンの安全設計やCADで図面を書いたりしていました。

その前は東京で暮らしていました。大学生活と前々職で10年間ほど。

東京では、システムエンジニアをしていました。

クラウドサービスが普及し始めた2011年〜2012年に国内のクラウドサービスを作るための部署にいました。

—すごいですね。それがどうして、コーヒー店に転身されたのでしょうか。

実は、コーヒーにそれほど興味があったわけでなく、特別好きというほどでもなかったんです。

妻と一緒にこの場所で生活をするためにコーヒー屋を選びました。

生きていくということが一番大事なこと

家族との暮らしとコーヒーという選択。

もともと、妻は北九州で書店をやっていました。

僕がサラリーマンをしている頃に出会い、一緒になるときに書店をこの建物を移動することが決まりまして。北九州に勤めながら西戸崎に通うのは働きながらは遠すぎて難しい。だったら仕事を辞めよう、では仕事を作ろうと考えました。

本と相性が良いのは何だろうか、と考えたときにコーヒーが良さそうだなと思いました。そこから、コーヒーについて勉強を始めました。

この生活をするためにコーヒーという手段を選んだんです。

オーナーの奥雄祐さん

—この場所は奥様が見つけてきたのですか?

妻がいつか古い建物でお店をしたいという話をしていて、それを知っていた知人がこの物件の話を持ちかけてくれました。

この場所を見に行くと決まったときには心づもりをしていたんです。

一緒に見に来てみて、どちらかと言うと僕の方がこの場所に惹かれ、妻に後押しをしました。その頃はまだ会社勤めをしていましたが、既に気持ちは動いていました。

—とても素敵な建物ですよね。こんなに情緒があるままで残っている建物も珍しいですよね。

本当にタイミングが良くて、僕らが入らなかったら取り壊しになっていたそうです。

—コーヒーの修行をされていたところは奥様とお店をやろうと思ってから働かれたのですか?

はい。北九州にメガヘルツというカフェバー兼イベントスペースがあり、そこのオーナーさんと元々知り合いだったのですが、コーヒー店も経営されていたんです。夜の時間だけ、お金はいらないので勉強させてくれとお願いして3ヶ月間勉強させてもらいました。

—多忙な日々だったんですね。

新たな生活に向けて気持ちが上がっていたときなので頑張れましたね。

—サラリーマンはいつか辞めてこのような暮らしをしてみたいという思いがあったんですか?

いいえ、ありませんでした。

前職の仕事で定年まで働くつもりだったのですが、妻との出会いで変わりましたね。

—思いもよらないとことろから暮らしが一転するということには不安はありませんでしたか?

元々の性格でもあるのですが、怖くはありませんでした。

理系で、計算尽でやっていくタイプで、会社を辞めようと決めてから1年間、仕事をしながら使えるツールを使い、人生設計をしました。

人生80年生きるとして、このタイミングで自営業になって、いくらお金が必要になるのか、1日にどれくらい稼がなくてはいけないのか…数値を変えるだけで計算式に出るようにして、エクセルでまとめあげたデータベースを作りました。

それを見せて両親や各方面へ説得をしました。僕の両親は一社に勤め続けて…という考えだったので理解はしてもらえないだろうなと思っていましたし、資金調達のためにも事業計画書作りは必要なことでした。

—すごいですね。

そこで数字として見える分、生きていけるという算段は立っていたので不安はなかったですね。元来の性格で飛び込んでやるのは嫌ではないのでずっとわくわくした状態で生活に向かって進んできました。

—西戸崎に移り住んでみて、実際どうですか?

最高です。とても楽しいですね。

2017年の10月からお店を始めてから、毎日のようにここに来てよかったなと思います。

お店をするということは想像した以上にやることはありましたが、どれも自分がやりたいことなので苦ではありません。

言うなれば、毎日がお休みみたいな感じですよ。

以前はがちがちのサラリーマンで残業150時間を超えることもあり、終電が過ぎて始発に乗って帰るという寝る間もない生活をしていたので、それに比べると全然気持ちが楽です。

労働時間というところでは、実際今の方が長いのですが、生活と仕事が近いのでやりたいこととして楽しくやっています。

—コンセプトもお二人で決めたのですか?

妻がその辺りについて詳しく、知識もあったので任せました。

以前はまちづくりに関する会社にいたので、リノベーションやデザインに関してとても強いんです。

ナツメ書店はその会社の事務所兼図書室というのが始まりでした。

—考え尽くされてできたお店なんですね。

様々なお店とイベントをしていますが、お店のコンセプトのひとつとして考えていたんですか?

元々コンセプトに組み入れてなかったですが、知り合いやイベントで繋がった方と行っています。

このお店は建物が一緒ですが、「Sleep Coffee and Roaster」と「ナツメ書店」という別のお店をしているという見せ方なんです。

ナツメ書店に声をかけてもらって飲食という分野で「Sleep Coffee and Roaster」も一緒に呼んでもらうという、間口の広さからたくさんイベントをやっているように見えるかもしれません。

—飲食店の間借り営業もされていましたよね。

はい、以前は現在とは営業時間が異なり、午前と午後に分け、お昼は開けていませんでした。

理由としては、お昼の時間帯にお客さんが少なかったことです。また、開けているとランチを求めて来られる方が多く、僕は料理人ではないのでランチ営業ができなかった。

その時間を有効活用できないかなと思っていたところ、近くにイタリアンのシェフがいらっしゃったので場所をお貸ししてランチコースを出してもらっていました。

—そのランチ期間が終わってからハンバーガーのランチも出されていましたよね?

はい。あれは、僕が作っていました。料理自体は好きなんですよ。

間借り営業のランチ期間が終わってからちょっと頑張ってみようかなと思って始めました。

喫茶メニューに自家製のパンを出していたのですが、それを応用してバンズのレシピを作り出していました。

—パンも焼かれていたんですね!

はい、そうなんです。飲食の部分は全部僕がやっていて、本の部分は妻としっかり仕事を分けています。

—またランチをやられる予定はあるのですか?

いえ、残念ながら復活の予定はありません。

料理はやはりとても大変で、特にパンは発酵時間を含め作るのに時間がかかります。時間と労力がかかる割には、このコロナ禍でお店を営業時間の変更や休業の頻度が増え、せっかく焼いてもロスになることが増えてしまいました。

コーヒー屋なのにこれではいけないなと思ってランチや食事に関するメニューを辞め、コーヒーを頑張っていくことに決めました。

—いろいろやってみてという姿勢、すごく挑戦心がおありですよね。

元々、音楽が好きで、今も曲作りの活動をしています。

実は、音楽で食っていこうと思って上京したんですよ。

そういった意味でもチャレンジ心はずっと持っている人間であったと思います。

—創作することがお好きなんですね!Youtubeの配信も始められていますよね。

毎日朝7時に更新されていてすごいなと思いました。コーヒーのお話のあとに奥様が本の話をされていて。

はい、今年の5月から始めました。

僕の持てる知識を全部詰めています。技術者だったおかげであのような分野は得意なんです。音声の知識もあるし、機材もあってすぐに配信することができました。

お互い言いたいことは決まっています。

僕はコーヒーをいれるのは面白いよということ。妻は良い本を紹介したいということ。それらを詰め込んでやっています。

—これはわたしの勝手なイメージですが、お会いしてこうしてお話するまでは「コーヒー屋さんのマスター」という寡黙なイメージだったので、たくさんお話されていて驚きました。

僕がずっと話していますね。笑

得意ではないんですけどね。

行き当たりばったりで、途中で話が飛んだりもします。

話しながら抽出するのって難しいんですよね。それでうまく抽出できなくなってくると「やべっ」と話が飛んでしまうんです。

—猫ちゃんも登場しますよね。可愛いなあと思って見ています。

はい。名前はぼんちゃんです。

ぼんちゃんは自由なので放送事故になったりもします。笑

変わらずに美味しいコーヒーと良い本がそこにある。

訪れる人にとっての「公民館」

—これからやりたいことはありますか?

特にないんです。

最初にお話したように、コーヒー屋をやり始めた理由も他の方と違って選択肢として選んだのであり、妻と一緒に生活していきたいというだけなので、絶対にコーヒーじゃないといけないというわけではありません。

「美味しいコーヒーを提供している」ということは大前提です。

ですが、コーヒーを突き詰めていくことをしたいわけではないんです。

僕にとって大切なことは「生活をすること」であり、毎日良い人生を歩めるかどうか。

コーヒーで何かをしたいということではなく、今のこの生活を歩むために変わらず美味しいコーヒーを出し続けるというだけ。

辞めるということは考えていないですけど、この先もどうなるかはわからない。普通に生活していけたら、家族仲良く暮らしていけたらという感覚でいます。

—お客さんにお店として何を伝えたいと思いますか?

それもこれというものはありません。僕たち夫婦は2人とも他者に対して、こういうのどうですかと勧めるのが苦手なんですよ。おこがましいと思っている部分があって…

ここの場所を最初に作ったときに公民館のような場所になればいいと思っていたんですよね。

とある情報があって、それを拾いにきて良かったねと思えるような。

そういう場所であればいいな、それを受け取って欲しいなという感覚はありますが、それ以上は求めてはいません。

コーヒーについてどのように思ってもらっても構わないし、妻は良い本をきちんと渡せたらいい、それが喜びでそれ以上求めてはいない。この方がもっといいと思うという勧め方はしません。

それは二人とも共通の認識でやっています。

—とてもわかりやすい表現です。

つまり、お互いにいいなと思うものは置いてあるし、お客さんが手に取れる距離にはあるけれど、その受け取り方はその人自身というか。

その距離感、心地良いですね。

自分が好きにやっているのでお客さんも好きに感じてくれて良いですよ、と思っています。

コーヒーについても美味しいですよね、面白いですよねというようなお話をお客さんと気軽にできたらそれでいいですね。

—特に福岡は飲食店や個人店が多く、自分が良いと思うものを提供し続けることは、商売という側面を考えた時に難しい場合もあると思うのですが、そのバランスの取り方についてはどのようなお考えですか。

ある程度求められることもするし、より稼いで、お店のために使えて還元できればとも思うけれど、自分たちが程々に満足できれば良いと思っています。

高級車が欲しいわけでも、大きな立派な家に住みたいわけでもない。

どこまでいければ満足できるのかを既にはじきだしているから、そこまでいければいいと思っていますし、その方が過ごしやすく気負わなくて済みます。

—地域との関わりはいかがですか?移住者も一定数はいる町だと思うのですが。

良い意味で、西戸崎に昔から住んでいる人と、新しく移り住んでいる人とそれぞれ関わり方が違う印象があります。

この土地は昔、米軍基地があり米軍ハウスという平家があってそれを好んで移り住んでいる人もいます。地域の人たちは普通に生活していて、外から来た人は移住者同士でコミュニティを作っていることもあります。良い具合に馴染んでいますね。それぞれの生活で進んでいるという印象です。

—程よい距離感という感じでしょうか。

そうですね。僕らも自由にやらせてもらっています。近くのお店の方々が良い人たちで、それは本当に嬉しいです。商店同士の繋がりも程よいです。助かっています。

—お客さんはどんな方が多いですか?

どちらかというとナツメ書店を目的に来てくれて30〜40代の女性で本が好きな方が多いという印象です

場所が場所なだけにふらっと来るというよりは、調べて来てくれる書店のお客さんが多いですね。地元の方より遠くから来てくれる方が多いです。

駅前には高層のマンションが建っていますが、この辺りは低い建物ばかりなので空が広くていい感じに陽が入ります。ここから見える景色がとても良いんですよ。

—ガラスの感じも素敵ですよね。

ここは昔、時計屋さんと眼鏡屋さんでした。およそ築100年になります。

ショーウィンドウだったこの窓から全面に光が入るんです。

—家具もレトロですが元々お店にあったものですか?

だいたいそうですね。

元々置いてあったもので、この黒いソファやロッキンチェアもそうです。検眼機も残っています。

—お店の内装はご自身でされたんですか?

大きな工事は大工さんにやってもらいました。塗装の部分は友人に手伝ってもらったりしながら、主に妻と二人でやりました。

—ご自宅も同じ建物ですか?

ええ。自宅兼店舗で店舗の後ろの部分が住居です。

焙煎はカウンター後ろのお店のキッチン部分で行っています。

増築されているんですが、住居部分が一番古いです。

—これまで古民家には住んだことがありますか?

ないです。

最初の1年目は寒いし暑いし、虫がたくさん入ってきて大変でしたが、慣れると住めば都です。体も慣れて隙間風にも耐えられるようになりしたよ。

古いものに価値を感じ、このような物件を選んで住むという人もいますよね。僕はそういうタイプではありませんが、おすすめします。単純に家賃が安くなる。

家賃が安いのは大事なことだと思っていて、固定費が安くなれば安くなるほど、その分稼がなくていいということになります。

例えば、5万円分浮いたとして浮いたお金の分、別のことに使えると思う人もいると思うのですが、僕の場合は5万円分浮いた分労働しなくていいと考えるんです。

1日1万円だとして、月で考えると5日間働かなくてよいということになります。安い家賃の家で生活するだけでそれが叶います。僕は働きたくないです。

—笑

音楽を作りたいんです。今も仕事として制作をしています。空いた時間を音楽作りに充てたいから、固定費を安くし、労働時間を減らしたい。

それに、ふらっと1日歩いてぼけーっとできる日が増えるなんて最高じゃないですか。趣味を充実させれば良いと思っています。

—いいですね!最高です。

いろんな経験をされているからこそ、今のこの生活を選ばれているんだなあと思います。積み重なった結果、今の暮らしの形ができあがったんですね。

コーヒーの美味しさを追求する秘訣

楽しみながら取り組むこと

—焙煎は手回し焙煎機でされているということですが、ご自身の経験で焙煎機を改造されているとか。

はい。電動ドライバーを改造してそこにアタッチメントをつけて、手回しの回すところを繋げて電源をつけると自動で回るようになっています。

それは前職のマシンエンジニアの知識を使ってボルトの径などを計算してできました。そんなに難しいことではないんですよ。

—工夫がすごいですね。

手回しの部分を電動にすることで筒自体は変わらないし、火力も変わらないから、手回しでやるよりも美味しく焼けるようになりました。

—あと、生豆をお湯で洗う方法もされているんですよね。

はい。50度くらいのお湯で洗って、しっかり水気を切ってからできるだけ早く釜にいれます。

焙煎の講習会に行ったことがあって、そのときの講師の方が実践されていて方法を教えてもらって始めました。

コーヒー豆に暖かい水分がつくので、水分が蒸発するときの熱が加わり芯までしっかり熱が入りやすくなるんです。そうすることでふっくら焼けるようになりました。

洗うためには設備がいりますし、洗いすぎると豆から成分が出てきてしまうので小ロットだからこそできることではありますね。

—大きなお店と小さなお店とでは取り組み方が違いますよね。

日々、焙煎方法も変えていますか?

毎回変えています。

最近は豆の投入量を1グラム単位で変えたりだとか。

美味しい豆を焼くということと、自分がいかに効率良くできるかを常に研究し続けています。小型だからできることを存分にやっていますね。

—小回りがきくといろんな工夫が無理なくできますもんね。

ご自身の性格的にも楽しんでやっていらっしゃいそうですね!

そうですね。一人でにまにましながらやっていますね。

—焙煎は感覚も大事ですけが、化学的な側面もあるから理系の方だからこそできる方法があると思うんですよね。

例えば温度や投入量と、筒の形状など基本的には同条件だと数値で決まってくるところも多いので、数字で見ることができるとよりやりやすいと思いますね。早めに美味しくなるコツを掴めるんじゃないかなと思います。

お店を始めたときよりは美味しくなっていると思います。

美味しくなっていくことは大事なので、自分の焙煎に関する勉強は常にしています。

焙煎する時間は決めておらず、朝早く起きすぎてしまったときに焙煎をしたり、気持ちが乗らないときには別の時間にやるなど、融通が効きます。

やりたいときにやれるのがストレスなく生きているということじゃないかなと思いますね。

楽しく生きられたらいいんじゃないかなと思います。

奥さん自身が生活を楽しんでいることが、心地の良い空間や美味しいコーヒーを生み出す秘訣なのでしょう。生活をしていくことへのお考えにも何度も共感しました。

家族と共に理想の生活を営むことを実現するのは簡単なことではありません。これまでの人生経験を活かし、ご自身の理想をしっかりと掘り下げられているお二人だからこそ、生み出すことのできる場所なのだと感じました。

「公民館」。お二人の作り出すこの空間を是非感じてみて欲しいです。訪れる人にとってそれぞれ、素敵な発見があると思いますよ。

Sleep Coffee and Roaster
営業時間はインスタグラムでご確認ください。