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VERVE COFFEE 小林和明さん

今回のインタビューは北鎌倉で行われました。

VERVE COFFEEはアメリカ・カリフォルニア発のスペシャルティコーヒー専門店です。2016年に新宿のNEWoManオープンと同時に日本第一号店をNEWoManに構えたことで日本での事業をスタートしました。

インタビューを担当している柴田は2016年の開店当初からVERVE COFFEEの味を含めたお店作りを継続的に拝見し、その安定した味と一貫した態度に感銘を受けています。

今回はそのVERVE COFFEEの焙煎業務をご担当されている小林さんにお話を伺いました。

インタビュアー:しば田ゆき
写真:村上大輔

「ファームレベルからストリートレベル」
自分の培ってきた経験を生かせると思った

ーはじめまして。さっそくですが焙煎のお話をお聞かせください。小林さんはVERVE COFFEEで焙煎をされてどれくらいでしょうか?

VERVEにジョインしたのは1年くらい前です。

ー小林さんはVERVEさんに入る前はコーヒーのお仕事をされていたんですか? 

前職では10年ほど前に入社した、コーヒーの仕入れから焙煎までしている会社で焙煎業務などをしていました。
コーヒー焙煎技術もそうだし、コーヒー全般の知識やコーヒーの取り扱い方などのベースは前の会社で学びました。

ー生豆の仕入れからカフェまでやっている会社さんですね。その会社に入ったきっかけはなんですか?

海外でコーヒーを見て、カフェでコーヒーを提供する仕事に魅力を感じたことがきっかけです。

ーそうなんですね。どこの国へ行かれたんでしょうか?

ブラジルです。実は親戚がブラジルにたくさんいるんです。

その時はコーヒーを見にいったわけではなくて、親戚がいる自分の半分ルーツの国でもあるのでそこを見にいって。
日常にコーヒーがあって、コーヒーを飲んでいたりコーヒーに携わるっていうことをみんなが楽しくやっている姿を見て、帰国してコーヒーに携われたらいいなってことで探して、たまたま入れたのが前の会社でした。

ー1年前、VERVE COFFEEに入社したきっかけはなんだったのでしょうか?

前職を辞めたいわけではなかったのですが、産地の買い付けから焙煎まで製造の統括を任されていて、当時ぱんぱんになってしまったんです。

そこで一旦その会社を抜けたタイミングでVERVEでロースタリーの募集がでていたので。

ーそうだったんですね。その時はコーヒーの仕事自体を辞めようとは思わなかったんですね。

コーヒー自体は辞める気はなかったです。

ーVERVEさんに入社されたのは、なにか共感する部分があったからなのでしょうか?

VERVEはダイレクトトレードをしているので、ファームレベルからストリートレベル、つまり農園からお客さまのところまで一貫して責任をもって豆を届けるっていうことができます。

今まで自分が学んで培ってきたコーヒーのキャリアと通ずるところが多々あったので自分のコーヒーに対しての正直さといいますか、そこを評価してもらえるかと。
自分自身がコーヒーに携わる中で胸を張ってお客さまに届けられる仕事でありたいなって思うので。

ー今は小林さんおひとりで焙煎されているんですか?

そうですね。焙煎経験のあるスタッフもいるのでちょっとサポートはしてもらえるようになっています。何かあった場合もそうですし、今後の事業拡大を見据えて他にも焙煎できる人材を育てているところです。

ーVERVEさんは豆自体もダイレクトで買い付けていてすごいですよね。

豆自体は基本的にはアメリカチームがグリーン(生豆)の買い付けを行っています。わたしたちは、そのリストから日本で販売する豆を選定しています。

ー小林さんはVERVE COFFEEの最初の日本店舗の立ち上げの時にアメリカで行われたオリエンテーションには、参加していますか?

していないです。

そこで学んだことを聞いてみると、VERVEというコーヒー屋が大切にしているのは、一番はお客さまとのコミュニケーションです。お店の雰囲気だったり”vibes(バイブス)”という言葉を使うとわかりやすいと思います。
カルチャーも含めてアメリカ本部のお店でも高品質の豆を使っていて、コミュニケーション等含めトータルでのサービスしているものを日本に持ってくる時に、オリエンテーションで一番確認してきたのはそういった部分だったようです。

ー焙煎や抽出のやりかたとかではないんですね…!

それも大事ですけど、そもそも焙煎機も違いますし、水だったり湿度などの環境も全然違いますよね。
味作りは日本でベースを作っていくので、立ち上げの際に一番大事なのは、そういったお店としての理念やコンセプトの部分を理解することだったと聞いています。

ーわたしはVERVEさんの店舗の雰囲気とかスタッフさんの感じがとても好きなので、おっしゃる感じ、よくわかります。お客さんとのコミュニケーションとか、現場での空気感を大切にされているんだな、ということ。

お店によって多少特徴ありますけど大体スタッフも同じように考えているのでコミュニケーションでお客さまに楽しんでいただけるかなと。

ー且つ抽出もいつも美味しいので。意思がしっかりしてるなって感じます。具体的に味づくりとして「こういう味を作る」という指標があるのですか?日本用に焙煎を変えていたりしますか?

VERVEが日本に進出した当初は、アメリカから焙煎した状態の豆を輸入していました。

北鎌倉店がオープンしてから日本でも焙煎を始めました。VERVEが大切にしている味作りのコンセプトがありまして「Clean, Sweet, Vibrant(クリーン、スイート、バイブラント)」。 きれいで甘い、そして「Vibrant」は鮮やかという意味があります。

わたしたちの焙煎するレシピというのは、基本的には味作りは社長含めてチームで行っています。

VERVEにはハンドドリップのチャンピオンである深浦という者も所属していて、そのメンバーで味作り、レシピ作りをしています。アメリカのチームが買い付けてきた豆を、私たちが仕入れて味を作っていくんですけど、何パターンか焼き分けて、このコンセプトのもとに味を作ります。クリーンがベースにあって、甘くて、さらにわかりやすくて鮮明な味わいを表現できる焙煎度合いを決めて、テイスティングを繰り返し、その味が決まったらそれを焙煎してリリースしています。

ーなるほど。焙煎士としては小林さんがやっているけど、それをどの味にしようと決定するのはチームでやっているっていうことなんですね。抽出レシピもそれぞれで作っているんですか?

それはわたしの得意な部分ではないのですが、深浦が新しい焙煎レシピが決まったらその豆でいちばん「Clean, Sweet,Vibrant」を体現できるレシピを考案・決定し、それを社内で共有します。

焙煎から時間が経つにつれて豆の状態って変わっていくじゃないですか。エスプレッソもそうですしドリップもそうですけど、日々アジャスト(調整)しながら提供しているのですが、そのあたりも深浦が中心になって共有しながらやっています。

ーすごくしっかりやっているんですね。さきほど焙煎後の豆を小分けにされていましたが、あれはなんでしょうか?

あれは後日でなにかあった時のために取っておいてデータと一緒に現物と確認しています。出したものが当日の反応の確認と数日たってから使ってみたときに差異がうまれるんです。その時にVERVEの味の規定内におさまっているかどうかを確認するためです。

ーたとえばスタッフの方に意見を言われることもありますか?

ありますね。

ーそういった時に自分はそう思わないとか意見が違うこともありますよね?

率直に言うとそういうこともあります。でも客観的な意見は大事にしなきゃいけないと思います。そこで自分の意地やプライドがはさまったりすると産地の方たちやお客さまへの裏切りにもなるので。自分がそこで嘘をついて提供すること自体が、ここで頑張って美味しいものを作ってくださった人たちへの裏切りにもなるので。そのための客観的なデータであって、人の意見をもらうことは大事にしてます。

たとえば個人の店だったら、自分自身で仕入れた豆を好きに焼いて売るっていうのはそれでいいと思うんです。わたしたちは自分たちの豆をVERVEに売ると言ってくれた産地の農園の方たちの豆を扱っているので、素直に嘘偽りない様に。

ーさきほど焙煎を拝見しましたが、データを見ながら操作していましたね。データを見ながらリアルタイムで変えているんですか?

そうですね、以前の焙煎のデータをみながらその焙煎に合わせています。

ガスのコントロールと温度がどういう風に上がっていったのかというところ。それと豆の状態のフェーズに合わせて、豆の色が変わりはじめたり、豆が爆ぜはじめたり、そういったタイミングを記録することでどのタイミングでどのときにどのガス圧にするかとかが記録できるんですね。そうすることで良かった時と比較して同じようにやりやすい。

焼きあがりの時間が一緒でも、ディペロップの長さが違ったりするだけで味わいが変わるじゃないですか。そのあたりを見ながらあわせるように操作してます。

そこは課題で、シングルだったりブレンドだったりラインナップがいくつかあるんですけど、ブレンドに使う豆の焼き方とシングルでリリースしている銘柄の焼き方があって。そのあたりが「Clean, Sweet, Vibrant」のコンセプトに合うようにそれぞれの銘柄でちょっとずつ変えてます。

ーそれはブレンドをした時に、シングルでのベストな焙煎とは違う焙煎をした方がこのコンセプトを実現しやすいこともあるということですか?

そうです。

ちょうど先日、今ラインナップに並んでいるブレンドの焼き方を見直しました。たとえば3種類のブレンドのときにそれぞれの味わいがベストになるようなレシピを数パターンやってみて、その組み合わせがベストに思われる味をブレンドして、確認してそれが一番美味しいよねという確認作業を全銘柄おこないました。

実はシングルで1番良い焙煎のものを集めたらいいものになるかっていうとそうでもなかったりして。そのあたりは全部試して確認して作っています。

ーうわあ、そんなに作り込まれているブレンドなんですね。自分がやろうと思うと気が遠くなります。その話し合いっていうのは大体意見はひとつにまとまるんですか?

わかれることもありますが、そこはさきほどのコンセプトである「Clean、 Sweet、 Vibrant」のところをもう一度見つめ直して議論することで最終決定は結構まとまります。

ーお店で目指すところを共有できているというのは素晴らしいことですよね。

「たぶん知らなければ分かった気になれる」
産地での経験を以って感じるロースターとしての役割

ー焙煎士として感じている楽しさとかおもしろさはなんでしょうか?どのような部分にモチベーションを感じていますか?

楽しみやおもしろさと困難とは結構リンクしますね。

レシピに関しても毎回同じように焼けるかというと、気候とかも関係ありますので厳密には難しくて。そこを合わせていく、それでカッピングしてスタッフやお客さんから良い反応が返ってくると、やりがいやおもしろさを感じます。

もうひとつはロースターとして原料にも直接携わると、ダイレクトトレードで仕入れてきているクオリティの高い豆を作ってくれている農園や産地の方だったりが見える。前職で産地に何度か行って、そういったコーヒーの品質管理、栽培でトータルでどういったことがされているからスペシャルティと呼ばれているクオリティの高い豆ができるのかというのを見てきた中で、産地でコーヒーにかけられている技術だったり想いだったり、そういったものがトータルで品質に現れてるのがわかりますよね。

わたしたちロースターがその豆の持っているポテンシャルを守ったり品質を落とさないようにするということが、ここでやることの最大であり最低限の役割だと思います。

それぞれの農園から届いた豆の品質を、お客さまに嘘偽りなく、その味わいを最大限に引き出してお届けすることが、ロースターの役割だと思っています。

ー産地とお客さまをつなぐ役割としてのやりがい。

そうですね。実際に抽出したり、最後のドリップでサービスする点ではスタッフみんなが担ってます。
その一歩手前として飲める状態に焙煎することにおいて実際に味を引き出し作るという部分では大事な役割だなと思って。

ー素晴らしい意識ですね。大変なことはそういったやりがいと表裏一体だということですか?

そうですね。責任を感じています。

失敗のないようにしたいし、そういった意味ではVERVEとしての味づくりの基準があってその範囲内、規格内に毎回おさめることを心がけて。そのなかのベストがバチっと決まればいいですけど、毎回毎回ホームランは打てないのでストライクゾーンにしっかり入ってくるように焙煎して、それが結局のところお客さまにお楽しみいただけたり、産地の方の豆の品質を守る。そのサイクルを回してくっていう。

ーたしかに。全員でそれを実現していけば維持できるってことですよね。

最近叫ばれている「サステナブル」ということにも通ずると思いますし、そのためのダイレクトトレードでもあると思います。

ー「焙煎」という役割でそのサイクルにかかわりたいと思った理由って特別にあるんですか?

今までを振り返ると恵まれていたなと思うのは、ブラジルに行ったのもコーヒーを見に行きたくて行ったわけではなくて、ただ単に親戚に会いに行きたいっていうことだったり自分の知らないところをしっかり見てくるっていう意味で行ったんですけど、そこでより濃いコーヒー文化に触れてそこに興味を持ったのがひとつのきっかけとなったこと。

そして今焙煎をしていることも、「コーヒーに携わりたい」って考えたときにカフェで店頭に立ってサービスをしたいっていうのは1番はじめに考えることなんですけど、前職で入社するときには他のスタッフが既に決まってたんですよ。社長含めて話をして、実は製造プロダクト部門で人を募集しようとしているからどうかっていうところで、自分の意思とは違う形でコーヒーに携わることになった。

逆にいうとそのきっかけがよかったなと思うのは、お店のサービスと原料の間でより原料に近い方なので。豆も毎回直に生豆見られますし、データ取ってみたりできますし、抽出するだけじゃなくてより幅広くさかのぼったところで学ぶことができたりしたなと。

ーたしかに。バリスタとして見る範囲とちょっと違いますよね。

大会なんかに出ているような人たちはまたちがった産地の方から情報あつめて提供されてらっしゃいますけど、わたしたちもそのくらい同じように理解した上でローストしないといけないと思いますし。
なのできっかけは自分の想いとは違う形で入社してそこからロースターに携わっています。どうしても焙煎がしたいからお願いしますといってはじまったわけではないですが、でもやってみたら深いし意義を感じていますね。

ーきっかけはいろいろですもんね。
どんなきっかけだとしても、10年以上焙煎に携わっていて、小林さんは「わかっちゃった」ってならないんだなあと驚きます。いまだに「いつもホームラン打てるわけではない」という意識でやってることが素晴らしいなぁと思いました。

たぶん、知らなければわかった気になれるんですよ。たとえば産地の方たちのことを知らなければ。自分の中で「こういう形ができた」ってなれる。

でもいろいろ世界がひろがって、今はここでお店に立つことでお客さまの部分が新たに見えたりして。

前までは裏に入って焙煎して、製造部門として表にでることはなかったんですけど、今の環境はちょっと違う。お客さまの反応を直に見ながら行えることで違った視点で見るきっかけをもらいながら。

ー「無知の知」ということかもしれませんね。
それって具体的にどういう風に変わるもんですか?

たとえばひとりでやっている自家焙煎屋さんとかだと、自分で思うものを自分で提供して豆の焼き具合だったりとか抽出を自分でコントロールできるじゃないですか。
今自分が働いている環境っていうのは、ここで焙煎したものをカフェのみんながお客さまに届けてくれていますけど、直にお客さまと対面しているスタッフからフィードバックをもらいやすいです。
なにか疑問があればぶつけてきてくれるし、違うんじゃないの?っていうこともありますし。
それによってなにかレスポンスできるよう心がけながら焙煎ができるものじゃないですかね。ポジティブないい反応なら嬉しいしありがたいし、ネガティブ反応だとクレームとは言わずともそういう意見があるのもありがたいです。

ー工場みたいなところでやっているのとはたいぶ違いそうですね。

「いろいろな楽しみ方が許容されるのがコーヒーなので」

ー最近はコーヒーがとても流行っていますね。なにか小林さんとして思うところってありますか?

そんなに偉そうなことを言える立場ではないので…。

実は前職で学んだことが大きくて、一般的にコーヒーに関する常識みたいなこと、本当はよくないとされてることとか違ったこととか今まで体験して教えられてきたので、そういうった部分においては幅広くコーヒーに対して向き合っていきたいなと思います。

コーヒーってそもそも嗜好品で正解がないじゃないですか。

味わいについても深煎りが好きだったり砂糖やミルクをいれてみたり、フレーバーをいれてみたり。それぞれの楽しみ方がいろいろあるので。そしてそれが全部許容されるのがコーヒーなので。

でも一部最高品質のトップオブトップのコーヒーを理解する方もいるし、もっともっとコーヒーに対して自分の考え方っていうのはあんまり狭くならないようになれたらなって思ってます。

ーわあ、わたしとしては耳が痛いです。

 普段ほかのお店さんでコーヒーを飲まれますか?

飲みますね。

ー勉強のためにですか?

勉強もありますし…。その…味じゃないですか。味ってお店や会社さんごとに違っていて、それを時々飲みにいきます。

ーなるほど、そうですね。「味」ですよね。

今後取り組んでいきたいこと、力をいれていきたいことはありますか?

VERVEとしての回答は、新しく恵比寿にお店がオープンするので、お店を利用していただくお客さまがこれを機にふえるということと、ホールセールにも力を入れているのでより広くVERVEのコーヒーを飲んでいただくっていう目標を体現していければなと思います。

個人としては焙煎を通して生産者とお客さまの架け橋をつづけていけたらと思います。

ー続けることは簡単なようで難しいですもんね。

それをやり続ける先にお店が増えていってお客さまが増えていってっていうのがその先についてくればいいなと思います。

小林さんはゆっくりと、でもたしかに言葉に重みを添えてお話をしてくださる方でした。

「知らなければわかった気になれる」というのは自分に置き換えてみてもうなずけるところで、コーヒーを知れば知るほど、自分の解像度があがればあがるほどその奥深さに慄くようなところさえあります。

ものを知るということは、あるいはどれだけわからないかがわかるようになることにも近いように思っています。小林さんがされたお話はわたしにはそのように聞こえました。

一見おしゃれなサードウェーブ系のお店にも見えるVERVE COFFEEさんですが、実際にお店を回している方達の様子を伺うとそのスタイルは実直で誠実で、お店というのは人が作っているということを強く感じさせてもらえます。

これまでオトナリ珈琲で取材してきた方々とは一味違った規模感と視野でコーヒー業界に存在するVERVE COFFEEの小林さん。恵比寿店オープンも含めて今後も動向が楽しみです。