[路端のブランチ]vol.10 場末のパリで晩餐を
たまには、かっこつけて洒落たディナーへ繰り出したい。相手は、マッチングアプリで知り合ったとびきり素敵な子。
プロフィールにスーパーカーの曲を貼り付けて、フォロワーが1万人前後くらいのちょっと人気があるイラストレーターのスタンプを多用する子。仕事はアパレルだってさ。
夜景が見えるレストラン、なんて私が夜景にまけてしまうし、シャンデリアなんていやらしい、ドレ スコードがあった日には就活スーツでも着ていくのかと思ってしまう。
こういうときは、適度に通ぶれて、気軽さがある小さなワインバルなんかを知っていると強いん だ。ワインもそれなりにいいやつを3000円くらいから用意していて、1000円刻みで並べてくれるよ うな気の利いたとこが尚更いい。
各駅しか停まらない、地味な駅前のジジ臭い飲屋街の外れの外れ。小汚い袋小路の隅っこに、ちょうど場末のスナックみたいな店構えの店がある。私のイチオシはそこ。
フレンチワークに身を包んだ、カイゼル髭がよく似合うイカつい紳士がカウンターに立ち、薄暗 い店に70年代のモダンジャズが流れている。インテリアはアンティークばかりで、ポスト印象派の 黄ばんだポスターが無造作に貼り付けられている。モダンアートを額縁に入れて飾るよりかえっ て熟れて見えるから不思議。
オ○マガジンには絶対載らない、けど間違いなく小粋な雰囲気の渋い店。見つけたときは歓喜 に震えた。タトゥーだらけのゴツい手に似合わぬ繊細な手つきでワインを注ぐマスターの軽やか な身のこなしがジャズのグルーブに重なって見え、小さな窓の外に見えるうらぶれた飲み屋街の 微かな音や光がどことなく映画の中にいるようで。ちょうどあれだ。ミッドナイト・イン・パリの世界。
夜目遠目傘の内、なんていうけれど、ワイングラスを傾ける、ガスランプに照らされた目の前の 女の子はすごく素敵に見える。なんていい夜なんだろう。
「コンフィを一つ、前菜はマスターのおまかせで」
料理が運ばれてくるまで、適当な話に花が咲く。初対面ならではの緊張感、探り合い。
「こういうところよく来るんですか?」
「普段はどんなとこでよく飲むんですか?」
「あ、あの街の○○って知ってます?」
「あ、私もよく行きます!」
定型分のラリーに疲れた頃、ちょうど主役の皿が来る。見て。これだよこれ。中世の王様の如 き、豪華豪快な盛り付け。味はもう、ど直球にうまい。行ったことないけど、パリのワインバルって こんな感じなんじゃないかなと想像する。
近所に行くような服装でも行けて、ワインに酔える、そして雰囲気にも酔える。道に出たらそこは 石畳で、乗り合い馬車が来て……なんてことはないか。
「ミッドナイト・イン・パリみたいでしたね」
「あ、私もその映画好きです!」
[路端のブランチ 序文]
日曜日、時計を外す。
そろそろ昼飯を食っておこうとか、もう帰ろう、とか考えることすら億劫だ。あまりに遅刻癖が治らないから、仕方なく間に合わせのチープカシオを平日だけつけるけれど、基本的には時計を見られない。類は友を呼ぶというが、周りもそんな輩が不思議に多い。
そういう奴らと遊んだり、野暮用を済ませたりすると、自ずと昼飯はグダラグダリとしてしまう。開店前に並ばなきゃいけない飯屋に休みの日を使ってわざわざ行くなんて、僕らの頭には浮かばない。
時間を気にせず、その時いた場所でサクッと食うメシが一番だ。 ivy