[嘘のたべもの]vol.6 親切な世田谷人

Column

これは若い頃の話なのだが、突然知らない人に寿司を奢ってもらったことがあった。

昔シェアハウスに住んでいたときのことだ。その家は基本的な住人の他に、短期的な旅人も受け入れていた。外国人もよく滞在していて、大部屋にいたわたしはそこそこ楽しんでいた。

ある日台湾人の女の子がやってきた。わたしよりちょっと若くて、底抜けに明るい。古着が好きでおしゃれだった。

英語も日本語も話せないので雰囲気で会話していたのだが、一緒に出かけようという話になった。相手の明るさや、ファッションなどの共通の趣味により、なんとなく意思疏通ができた。

わたしたちは単語を駆使したり、雰囲気で漢字を打って会話をしたりした。漢文をやっていてよかったのかもしれない。こういうこともあるのだなあと思った。

たぶんその翌日、わたしたちは原宿や下北沢に古着を見に行き、途中で世田谷の古い喫茶店に入った。するとそこにいたひとりの女性が、台湾からきたその子に興味を持った。雑談になり、その人は急に「むかし台湾の人に昔お世話になったから、お礼がしたい。今度お寿司をご馳走する」と言いだした。

そんなことがあるのか。奇特な人である。

わたしもその場にいたという理由で、後日ご一緒させてもらえることになった。

指定された場所は梅ヶ丘だった。そしてわたしたちはちゃっかりとお寿司をご馳走になったのだった。3人で寿司を食べて解散し、その後その人に会うことはなかった。

あとから知ったが、世田谷区にはお金持ちが多く住んでいるという。もちろん、このことに気がついたのはもっとずっとあとになってからだ。

その台湾人の子はのちにオーストラリアへ渡っていた。きっと、英語も上手になった頃だろう。

知らない人にたべものを奢ってもらったことは、それきりない。東京であれど、もしかするとかなり珍しい経験だったのかもしれないな。

思い出の中、そこは世田谷。

[嘘のたべもの]

名前:づ
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