Basking coffee
福岡市東区千早。閑静な住宅街の中にBASKING COFFEEはあります。
マンションの一階部分に構えられたその店舗には地域の人が集まってくつろぎ穏やかな時間が流れています。筆者はこのお店を利用する一人でした。
地域に根ざし、愛されるお店はどのようにできたのか。
今回はオーナーの榎原圭太さんにお話を伺いました。
インタビュー: Nana Hiro
写真: 中村圭甫
「自分で何かを表現できるお店をしたかった」
—まずは、コーヒー屋を始めようと思ったきっかけを教えてください。
元々、「コーヒーが好き」というところから始まったわけではなく、旅が好きで、世界中をバックパッカーとして3年程旅をしていた時期がありました。その当時から先々自分の店を持ちたいという思いがあったのですが、自分で表現ができたら何のお店でも良いと考えていました。なので、旅先で面白そうなお店があれば訪問してそこで話を聞いたり…こういう生き方がしたいなあという参考にしていましたね。
その中でコーヒー屋さんに行くこともありましたが、その時はとりわけ惹かれていたわけではなかったです。しかし、帰国して地元でしばらく過ごしていてふと、「焙煎がしたいな」と思ったのです。
—ふと思い立ったのですか?
思い立ったのです。急に。
焙煎をしている自分の姿が思い浮かんで「コーヒーの香りの中で仕事ができたら楽しいだろうな」と。
元々コーヒーの香りが好きで…子どもの頃、母親が特別な時にコーヒーをいれてくれていました。朝にコーヒーの香りで目が覚めるのっていいなと子どもの時から思っていましたね。当時、喫茶文化が流行った時期で、自宅にもサイフォンや手挽きのミルがありました。味というよりコーヒーという存在が好きでしたね。
コーヒー自体はそれまでもいろいろと飲んでいたわけでなく、スペシャルティコーヒーを知り、コーヒー屋をやろうと思ってから飲むようになりました。
「カフェではなくコーヒー屋がしたい」という思い
自分の中で突き詰めたいという気持ちがありました。職人としての仕事をしたいと思ったのです。そのことから焙煎という仕事に惹かれました。なので、やるなら「カフェ」ではなく「コーヒー豆屋」をしたかった。
それから焙煎の勉強をしたいと思い、福岡のコーヒー屋さんを調べていろんなコーヒー屋さんに働かせてくださいと訪ねて回りました。その過程でハニー珈琲さんが募集しているということを聞いて、その日のうちに訪ねました。そしたら偶然社長さんがいらっしゃって、翌日面接していただき働くことになりました。それが2010年頃の話です。
※ハニー珈琲は福岡では屈指のスペシャルティコーヒーの専門店です。コーヒー豆の買い付け、自家焙煎、販売を行っています。
—その当時は福岡でもスペシャルティコーヒーが普及し始めた頃ですね。とても良いタイミングでしたね。
そうですね。
その頃に先駆けてスペシャルティコーヒーを扱う店が増えてきていましたが自分が始めたいというのは本当に、偶然でした。
主に店頭で接客やバリスタとして抽出業務に携わりましたが、そこで教えてもらってエスプレッソの面白さや奥深さに気づき、お店のコーヒーを家に持って帰っていれてみていました。様々な味を知ることができ、新鮮で発見の連続でした。
働き始めて1週間ほどで「ああ、これは天職だなあ」と感じましたね。
コーヒー豆屋は単純作業も多いですよね。それら全て豆に触れられるということがとにかく楽しくて、どんな作業も楽しく取り組めて毎日が本当に楽しかった。それからこの仕事を極めようと思いました。
—コーヒーについての学び始めはどのようなところから始めたのでしょうか。
コーヒーの味の様々な表現の仕方を覚えることです。コーヒー以外の果物など食べたことがないものは食べるようにして、とにかく言葉にできるようにするというのが最初の勉強でした。
—わたしも焙煎を勉強したいのならまずカッピングをしっかりできるようになった方が良いと榎原さんに言われたことを覚えています。
はい。それは自分も働いている間ずっと言われてきたことで実感しています。
焙煎の勉強をしたいのならまずカッピングの勉強の方が大事だからそれを先にした方が良いと言われて、ひたすらカッピングをしていました。
毎日カッピングをして焙煎の違いや豆の違いがわかるスキルがあれば、焙煎した時に良し悪しがわかる。まずは、カップを取れることが重要です。「カッピングスキル=焙煎のスキル」と言っていいと思います。
大事なのは、自分だけがわかっているのではなく、お客さんにわかりやすく伝え、言語化すること。お客さんに合わせて言葉を選べるかどうか、どういうアプローチをするか…これは毎日お店に立ってお客さんと話して経験的に学んでいきましたね。
—ハニー珈琲さんにはどれくらいいらっしゃったのですか?
2年半在籍しました。それは最初から決めていて、30歳で独立がしたいという旨は伝えていたので。
日々の仕事に余裕が持ててきたタイミングで一度辞めて、産地を巡る旅をすることにしました。
その後、9ヶ月間コーヒーカルチャーを学ぶために北欧に行き、中南米の産地を回りました。
—2度目の旅で印象に残ったことはありますか?
全て自分にとって必要な経験で印象的でした。コーヒーがどういう過程で自分の手元に来るのかを知ることができた。生産者さんがどのような気持ちでやっているのか、どのような考え方をしているのか勉強になりました。
この旅は観光目的ではないので見る世界が違っていて新鮮でした。
以前の旅では、後半になると旅自体に慣れてしまって非日常が日常になり新鮮さがなくなってしまっていたのですが、今回はコーヒーという目的に沿った旅になったので常に新鮮な気持ちでいられました。
—コーヒー農家さんを訪ねて、抱いてきたイメージと異なることはありましたか?
ひとつは、自分たちの価値観を通して損得で見るべきではないということです。例えば、生産国では子どもたちが働くことが当たり前とされていて、多くの国では人権としてどうなのかと言われているけど、実際に現地に行ってみると子どもたちは楽しそうに自ら家業を手伝っているのです。彼らにとっては生活の一部であり、貧しさを感じていない。
もうひとつは、コーヒーはビジネスであるということを改めて認識しました。
農家の方達は、自分たちのコーヒーを外国の人たちに売りたいと思っているので外国のバイヤーを歓迎してくれます。
しかし、バイヤーたちも実際毎年必ず買ってくれるわけではなく…急に連絡が途絶えてしまっただとか来なくなってしまったということをよく聞きましたね。
自分の気持ちとしてはできるだけたくさんの人たちからコーヒーを買いたいけど現実的にできることではない。そういった生産者との関係性にはギャップを感じました。
僕も行った先で農園の方々に約束はできないけど戻って来る時にはあなたの豆を買いたいという思いは伝えてきました。しかし、実際に今その方達の豆を全て買えているわけではありません。現実を見るとそこに思いがあってもビジネスである以上、全てを叶えるのは難しいということを感じました。
—コーヒーの生産現場を実際に目にしてどのように感じましたか
とても関心したことが多いです。良いコーヒーを作ろうとしている人は環境に関しても非常に関心を持ち勉強されていて、とても真面目な考えをお持ちの方ばかりでした。そして、農家さんは国に関係なく素朴な方が多いという印象でした。
—豆を買い付ける上で決め手になるところはどういう部分でしょうか。
僕の場合はですが、その人の人柄ですね。
人によってそれは違うと思います。たくさんの生産者から購入する場合は品質を基準にすることが多いでしょう。
ですが、ある時それをしたくはないと思いました。
品質を第一に考えるのであれば、産地に行ったかどうかは関係なく、日本で商社が買い付けた中から一番良いものを選べばいいことになりますから。
「人間関係を作りたい」
コーヒー豆を買う時も直接生産者に会い、どのような考えやビジョンを持っているのか、どれくらいコーヒーが好きなのかという話を聞いた上で買うかどうか決めたいと思っています。話すことで人となりはわかりますから。その中には自分の直感に委ねている部分もあります。
正しさやたくさんの人の為になるというような大義名分があるわけではなく、それが自分にとって自然なことなのでそういった人間関係を構築していく仕事の仕方をしたいと思っています。縁というものはありますから。
それは生産者だけでなく、スタッフや取引先も同様です。
—今年は情勢の変化で残念ながら産地訪問を断念されましたが、そこで生産者との関係性に変化は見られるのでしょうか。
ただの友人というわけでなくビジネスパートナーなので、会いに行けないということでの精神的なつながりの変化があるというものではありません。大事なことは毎年買うということです。それが実績となり信頼関係を築きます。そうすることで生産者側が毎年買ってくれているから来年はまた来てくれるだろうとか良いものをとっておこうという話になる。
—お店を開くにあたって千早という場所を選んだ理由は何ですか?
地元でやりたいということと、街中でやるよりも郊外で地域密着でやった方が有利だと感じたことです。
千早は新しい街で県外から入ってくる人も多く新しいものに敏感だということにも着目していました。
この場所も知り合いの紹介で見つけることができました。
—店舗の作り方にこだわりはありますか?
こだわりはないんですよ。昔は色々な構想があったのですが、内装も良い担当の方を紹介していただいてこの人に任せようと思いました。
—ご縁でつながってお店ができたのですね。
そうですね。不思議と自分の感性に近い人に出会うことができていて。完全に自分の感覚と外れた人とは出会うことはない。
昔はすごくこだわりがあるタイプでした。
音楽をやっていたのですが「絶対こんな風にしたい」ということにすごく固執していて。自分のお店をやるにあたってそのこだわりが全部なくなっていきました。
商売をしていく上で自分のこだわりは邪魔になり、自己満足になってしまう。お客さんが良いと思わなければどうでもよいことだなと。余計なこだわりは捨てて、自分が80%納得できればOKということにしています。そうでないと人にお店を任せることもできないですよね。お客さんやスタッフ、取引先を含めて100%であれば良いと思っています。
—こだわりを捨てていくということは時に難しくないですか?判断や決定を行うことだとか
自分の中に明確な基準を持つことで迷うことはないですね。
コーヒーは「芸術的な側面とビジネスの側面」がある
お店を開くまでの修行や準備の期間は、自分の思いだけでは商売はできないなと気づかされる期間でした。
他の人にも価値があると思ってもらうにはその人たちも含めていいものを作らないと意味がないし成り立たないと考えさせられましたね。
コーヒーは芸術的な側面とビジネスの側面のその中間にあるものだと思うんですよね。芸術的でもあるし商売としてもやらなくてはいけない。
中には芸術的なアプローチをしているお店もありますよね。お金には関係なくコーヒーを追求している人もいるでしょう。それはその人にとってどういうことをしたいのか、生き方の違いによって変わってくると思います。
僕の場合、やりたいことがたくさんあるのでそれを実現するにはコーヒーを売らないといけない。ビジネスとしての側面は考え続けなければいけないですね。
—焙煎を行う上で表現したい味はありますか?
ひとつ言えることとしては、敷居を下げて普遍的に美味しいと思えるコーヒーですね。誰が飲んでも毎日飲みたくなるようなコーヒーを提供していきたいです。
例えばコーヒーが苦手だった人がうちのコーヒーを飲んで好きになってくれて「うちで淹れるようになった」というお話を聞くとすごく嬉しい気持ちになりますね。
焙煎に関して言うと直感も大事にしつつ、珈琲の一番良い部分が出せるように焙煎しようと思って取り組んでいます。味付けをするというよりもその豆が持つポテンシャルを一番に引き出せるやり方を常に考えています。
ハニー珈琲の井崎社長に「焙煎は子育てと一緒」と伺ったことがありますが、まさにそう思います。その人の一番の良いところをいかに、どうやって引き出してあげるかという部分だけを考える。「自分の思い通りにしてやろう」ではなく。
その豆の良いところを最大限に出せるポイントを何なのかということを見出せるのが焙煎の上手さだと思います。
ですので、自分の焙煎がどうかとか気にしているわけでなく、このコーヒー美味しいでしょう?とはお客さんに言えるのです。
自分の焙煎によって美味しいのではなく、その豆が美味しいので自分も焼いているんですよという気持ちでやっています。
—筆者の印象では、「ここに来るといつも美味しい」という安心があり、BASKING COFFEEとして味の芯のようなものがあると感じます。
自分が大事にしていることなのでそういってもらえることは嬉しいです。
コーヒーは日常にある身近ものなので、美味しいなあと思える瞬間が1日のどこかで思えることが幸せだなということで、それ以上でもそれ以下でもないですね。
—お客さんにどのように使ってもらうことが嬉しいと感じますか。
生活の中に取り入れ、その人の生活や精神的にプラスになってくれたという話を聞けるとすごく嬉しいです。
人は地域や社会の役に立てていると思えるときに幸せを感じることができるものだと思います。
今まで旅などを自由にしていたけど、自由だけじゃ幸せになれないなと思い、それでは何が必要かと考えた時に社会やコミュニティの役に立てているという実感なのではないかと思うようになりました。
それを日々お店にいたら味わうことができるわけです。なので、自由に旅をしていた時よりも幸せに感じています。
—以前お話しをしていたときに「仕事」を「仕事」と感じていない、生活の一部だというお話しを聞きました。
そうですね。仕事なのだけれど、みんなが思っている「仕事」という感覚とは違うのかもしれませんね。
そのように感じることができる「仕事」を見つけられた、させてもらえていることはラッキーだと思います。
成り立っているということは「させてもらえている」というわけで。
お客さんが来てくれているから成立している。それは本当にありがたいことだなあと感じています。
—この先お店として、榎原さん個人としてどのようにしていきたいでしょうか。
今の状況にすごく満足しているのですが…今回5月に広島店がオープンしたことで繋がりによってお店が広がるのはいいなと思いました。人ありきで次のお店が生まれてそこでコミュニュティができ愛されるお店となる。
こういった循環を作れたら良いと思います。
今のスタッフや今後新しいスタッフが入って独立するとしても同様です。
BASKING COFFEEを通していろんなことを学んでもらい、個性を活かし、その人の好きな土地や場所でスタートしてまたお客さんが集まるというような循環です。
そうして豆を買い付ける先を増やし、関係性を増やしていきたいですね。
お店の展開と同じで人と人のつながりを大事にしてそこで生まれるコミュニティや新しいアイデアが循環していったらいいなと。お客さんにとっても少しでも人生が良い方向に向いてくれたら嬉しいです。
—お店の大事な部分を引き継いで店舗展開をするというのは健全な広がりのように感じます。
店舗を増やすということはシステムを作っていかなければならないですからね。
それが最優先されてしまうと息苦しくなってしまう。
働く人の個性を発揮できる形で展開できると良いですよね。
「BASKING COFFEEとは」という部分は、一緒に過ごした時間で感じ取れるもの。言語化する必要はない。「この状況の時にどう行動するか?」という判断や考え方は時間の積み重ねで生まれる本当の意味でのお店の理念です。
通底する理念さえ持っていれば焙煎に個性が出てもいいと思っています。
今の広島店をタツヤさん(広島店のスタッフ)に任せられているのは、BASKING COFFEEならこういう判断をするだろうなということをしっかりとわかってくれている。だからこそ全て任せられるのです。広島店が今後BASKING COFFEEが拡大するにあたり全ての基準となると思います。
このような形で展開できるのは面白いですし、できることが増えます。イメージしたことを実現していくためにも今後もっと成長をしていけたらと思います。
お店に立っていると、お客さんの年齢層が広く常連さんの多さを目にして本当に多くの方に愛されている場所だなと思います。イベントがあるとお客さんが協力してくださる場面もあり、まさにお客さんとスタッフ含めBASKING COFFEEという場所を作っているのだと実感することができます。確かな品質を追求しつつ、お客さんに寄り添うコーヒーがあるお店。
筆者もお店のこれからを共に作っていくことにわくわくしています。
榎原さん、ご協力ありがとうございました。
—店舗情報—
BASKING COFFEE
〒813-0044 福岡県福岡市東区千早4丁目10−1