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上條佳恵さん(美容師)


「わたし夢が喫茶をやってみたくて、なので今日は『喫茶かえ』のお客さんでお願いします」お邪魔したご自宅で佳恵さんにそう言われて今回のインタビューは始まりました。こういうちょっとしたあそびを楽しめるところも、佳恵さんの魅力だなぁと思います。

佳恵さんは、台東区谷中にある谷中銀座商店街の「dolls」の美容師さんです。dollsは佳恵さんと佳代さんの女性ふたりで経営されている素敵なお店です。

インタビュー:しば田ゆき

写真:西野あゆみ

かわいいものに溢れた「喫茶かえ」

ー早速コーヒーをいただきます。今日のコーヒー豆はどこの豆ですか?

蕪木さん※1の豆です。

最近になって、たまに蕪木さんに行くんです。前の店舗の時に一回だけ行ったことがあって、本当に素敵なお店だなと思って。その時はお店にわたしひとりだったんですよ。たぶん珍しかったんだと思うんですけど、ほどよい距離感でいてくださって、最後に「すいません緊張させちゃって、こんなことあんまりないんですけど」って。緊張してたのがばれたのがいちばん恥ずかしいと思いました(笑)。でもそのひとことが嫌味でもなく、すごい優しいなって。

※1.蕪木(かぶき)…東京都台東区にある珈琲屋。2019年に元の店舗から現在の場所へ移転 。

ー蕪木さんって感じの良い方ですよね。

その時一回しか会ったことなくて、たぶん自分の中で美化されてるけど素敵な方ですよね。

dollsのお客さまで蕪木さんで働いている方がいて、その方が今度自分でお店をやるんです。「pasele」さんというチョコレートとチュロスのお店※2。その方からお話を聞くだけでも素敵な方ですね。応援するし、厳しくもするというか。

そうそう、わたし大坊さん※3に行った時も最後レジの時に緊張してるのばれたんですよ。

※2.pasele…チュロスとホットチョコレートのお店。
※3.大坊さん…表参道の交差点近くにあった大坊珈琲店のこと。2013年閉店。

ーそうか、大坊さんって前に佳恵さんが働いていたお店※4の近くでしたか?

そう、目の前だったんです。道挟んでおむかいで。雑居ビルの2階に看板がどんってある佇まいが本当に素敵で。あそこも入るの緊張しました。お会計の時「苦かったかな?」って言われて。

※4.佳恵さんが修行していた店「 PAPER DOLL」は表参道にありました。

ーかわいい。大坊さんも柔らかくて素敵な方でしたよね。よく行ってたんですか?

それが勇気を振り絞った1回で、そしたらもうやめちゃうっていう話をきいて。それが最後の一回だったんですよ〜。本当はチーズケーキ頼みたかったんですけど。その一言が緊張して言えなかった。今だったら言えます。笑

ー大人になるのはチーズケーキを頼めるようになることですね(笑)。
コーヒーを自分でいれるようになったきっかけはなんですか?

コロナになって、パートナーとおうちにふたりでいることが増えたので「なにか共通の趣味を探そう」みたいになりました。それで「コーヒーいいじゃん」と。

毎日飲んでると、てきとうにいれてしまったときに「今日おいしくないな」みたいに言われることもあります。

ーすごい。飲んでわかるんですね!気持ちをいれると美味しくなるんですか?

気持ちをいれると「あ、今日美味しい」みたいに言われることが多くて。「あ、ばれてる」と思うので、修行みたいな感じです(笑)。

いれる人の技術が整ってないので、その日によって味が全然違うんです。この間オトナリ珈琲さんで買った「ANTHEM ROASTERY」さん※5のひとつが毎日どんないれ方をしても一定で不思議でした。

※5.ANTHEM ROASTERY..福岡県飯塚市の焙煎屋。(→インタビュー

ーその時の精神が安定してたのかもしれないですね。今日のコーヒーはどうですか?気持ち、入ってますか?(笑)

気持ち入ってます(笑)。

わたしブラックコーヒーが飲めなかったんです。自分でいれるようになったら「あれ?飲める」ってなって。でも外に行った時はおうちでつくれないカフェラテを頼みます。

ー最初コーヒーを趣味にしようと思った時はお砂糖やミルクなしのブラックコーヒーは飲めなかったということですか?

そう、でも一応高校生のとき珈琲屋でバイトしてたから、いれることはできる。そしたらパートナーは「じゃあ俺は挽くことはできる」って言うので。

わたし気付いたことがあって。コーヒーっていうより、コーヒーのおともが好きなんです。おやつがすごい好きで、コーヒーに合うおやつを探してます。コーヒーをいれるようになってから、朝必ずスイーツを食べてます。いいんだか悪いんだかわからないけど。笑

ー最近みつけた美味しかったお菓子はありますか?

最近すごいヒットしたクッキーがあって。お友達からもらったクッキーで、千葉県でやっているVERVEさん※6のものです。お取り寄せできるっていうのがわかって定期的にお取り寄せしてみました。

※6.VERVE…玄米酵母パンと国産小麦の焼菓子店。

ーそういうお店さんはどうやってみつけるんですか?

知り合いの方とか、紹介とかです。せっかくならそういうご縁があった方のものがいいなぁって思います。

ーざくざくしてて美味しいです。食べごたえがあっておなかいっぱいになりますね。

美容師の仕事だとお昼をとれることがあんまりないので朝食べるとちょうどいいんです。休憩をとればいいんですけど、お昼時間っていうのがなくてちょっと手が空いたときに休むみたいなかんじで。

ーえ、休憩とってないんですか?

「休憩」っていうのないんですよ。

ーそれで10年くらいやってるんですか?

はい。前の職場は会社だから休憩ありましたね。15分…20分だったかな?ごはんの時間が、すごいおもしろかったですね。バックルームが狭くて1畳なかったかなぁ。そこに洗濯機と冷蔵庫があるからちょこんってすわって食べる。

お昼を食べてる時も、お客さまに出す飲み物を取りに来たりとかでてんやわんや。匂いの出るものだと店内に広がるからマックとかも食べられないし、お湯入れて飲むスープとか持って行った日には15分20分で入れて飲まないといけないから、もう大変。でも今は美容業界も相当改善されてます。

わたしたちもご飯はいつも悩ましいです。お弁当頼んでた時もあるんですけど、お弁当ってちょっとずつ食べるの難しいじゃないですか。最後には散乱してるみたいな。笑 

最近は佳代さんがみそとだしとでお湯をいれてっていう土井義晴さんの味噌汁に3日くらいはまってました。

ー3日くらい。

美容室「dolls」の立ち上げ

ー今「dolls」さんは何年めですか?

12年めになりました。

(佳代さん撮影)

ーお店の場所はどうして谷中※7にしたんでしょうか?

もともと震災の前に物件を探していて、前の職場のすぐ近くだった池尻※8とか松陰神社※8とかも探しました。お店に来てくださってたお客さまが来やすい場所だったり、地域の人と密着して商店街でやってみたいっていうのがあったんですが、なにせ美容院がどこに行ってもすごく多くて。

※7.谷中…東京都台東区谷中。「dolls」さんのある谷中銀座商店街は1940年代から続く商店街。
※8.池尻・松陰神社…どちらも東京都世田谷区の地名。

ー池尻や松陰神社は美容室が多いエリアですもんね。

池尻に決めようと思っていた物件があったんですけど、そこにしようって言ってたときに東日本大震災がきて、わーってなって一旦物件探しも休んだのかな。

そこで改めて考えて、「いつなにが起きるかわからないから、初めから自分たちが好きな場所でやろう」って。ふたりで好きな場所に行ってみようってなりました。

谷中は一緒に行ったのは1回しかなかったのかな。その日はすごい雨が降っていて、街の雰囲気が本当によかったんですよね。街の人が話しかけてくれたりとか、受け入れてくれる感じがあって。

「ここでやってみたい」って思ったら、ちょうど商店街に「閉店します」のお店があったんですよ。で、そのまま不動産屋さんに「あそこの物件まだあいてますか」って聞いてそこおさえてもらって。

前のお店は「無尽蔵」さんっていう和雑貨のお店で、その方たちが内装とか電気とか扉とかをしっかりお金をかけて作ってくださってたのでそのまま置いていってもらったんです。その時ちゃっかりしてて、あれもあれもいらないんですけどこれは置いてってくださいって言ってお金がかかりそうなものはそのまま。今思うと若かったなって(笑)。

わたしたち、9年ごとのサイクルがあって。

ー9年ごとのサイクル?

前の職場は9年務めて、今回もお店をオープンして9年でコロナになって、そこでまたちょっとお店のありかたを考えるいいきっかけになりました。

ーなにか変わったんですか?

9年やってるとやっぱり体力的に時間はもうちょっと短くしたいとかおやすみ増やしたいっていうのがありました。わかっていてもなかなかできなかったのですが、一気に変えられました。

1週間に1日のおやすみを1.5日くらいにしたのと、営業時間を全体的に1時間くりあげました。

ーよく働きましたね。
 コロナになったときも、dollsさんは対応などをひとつひとつちゃんと考えてやってるんだなぁという印象を受けていました。なにかある時はあんな風にふたりで相談して決めるんですか?

そうですね。一日中一緒にいるんだけど、おたがいお客様に入っているので意外と話す時間ってなくて。あの時期は「どうしよう」となって毎日話し合ってましたね。

dollsの場合「谷中銀座」でばーんって出ちゃうから、自分たちだけの責任ではなくなるっていう懸念があって。商店街でやらせてもらっていると助けてもらうこともあると同時に責任が結構ありますね。

ー責任感がすごい。商店会にはいってるんですか?

入ってるんです。みんないい人です。dollsも理事なんですよ。

ー期待されてるんですね。

女性ふたり経営で思うこと・PUFFYへの敬意

ー「dolls」は佳恵さんと佳代さんのおふたりで立ち上げて、ずっと一緒にやっているわけですよね。

そう、わたしたちふたりでやってるから、「喧嘩しないんですか?」とか「どうやってるんですか?」って聞かれることが多いんです。でもわたしたち本当に真逆の性格で。わたしが「内」って感じで、佳代さんは「外」って感じで、それがたぶんバランスとれてるんだと思う。

常々気をつけなきゃと思うのは、相手がいないと不安になっちゃうのは気をつけようって思います。「いつでも独り立ちできるように」って。

ー「いつでも独り立ちできるように」とはどういうことですか?

なるべくお互いに依存しないように。もしどちらかがいなくなってしまった時とか、「ひとりでやりたい」ってなった時にも「わかった」というのが言えるような状況でありたいなって。

PUFFYが去年25周年してて。あそこもずっとふたりじゃないですか。

「どちらかがもう辞めようって思ったら辞める」みたいなことを言ってて。そのスパッとした関係すごくいいなあと思って。最近PUFFYすごいって思ってます。しかも今も活動してたんだと思って。

ーちゃんと歌ってますもんね。PUFFYいいですよね。

お気付きかもしれないんですけど、この辺は佳代さんに似てるなと思ってそろえたやつです。笑

ー似てる(笑)。

一緒に仕事している人とか一緒にいる人の写真を見えるところにおいておくと仲良くいられる、っていうのを兼ねて。

1回占星術の方とお仕事したことがあって、その方にわたしたちも見てもらったんです。そしたら「ふたりはぱたんって折ったらぴったり合わさるくらい逆で、鏡みたい」って言われました。

ーそれはすごい。

一緒にやろうと思ったのは結構運命的なものがある気がします。

前にいたお店で入社前の顔合わせの日があったんです。その日ふたりとも、お店とは違う場所でお互いを目撃していて。わたしは雨宿りしてる気になる女の子いるなと思って「あの人も美容師なのかなぁ」と見てたんですよ。で、佳代さんも「気になる人いるな」みたいな感じで別のところでわたしのこと見てたんです。それでお店に行ったら「あれ」ってなって。

その時お店に「佳恵」「佳代」「可奈」っていう3人の新人さんがいたんですよ。可奈さんが体調崩してしまってからはずっとふたりでやってて。趣味というか、好みがあったんですよね。そこから交換日記してたんですよ。お店では独立の話とかしにくかったので、日記でどんなお店にしたいとかを話していきたいねって。

ー最初からふたりでやろうって話になっていたんですか?

色々あったんですが、最終的にはふたりでやっていこうってなりました。すごい自然な流れでしたね。

本当に人に恵まれていて、近くの書店の山陽堂さん※10の改装のタイミングでもあったんですよ。独立の話をしたら店主さんが内装やってくれる人紹介するよって、「安くやってあげてね!」みたいに紹介してくださって。

それでその方にご相談して、このくらいしか出せないのでその中でできること、自分たちで出来るところはやりますと伝えて内装も考えてもらいました。結局自分たちでやるって言ったんですけどその内装のお兄さんが結構やってくれました(笑)。

※10.山陽堂書店...表参道にある、120年続く老舗書店。

ーみんなやってあげたくなっちゃう(笑)。

本当おそろしいですね。けっこうちゃっかりもの。ありがたいですね。

わたしたち、友達じゃなかったのがよかったのかなって。同志という感じです。佳代さんともう20年くらい一緒にいるんです。この間お葬式どうしたいかみたいな話になりました(笑)。

ーお葬式!(笑)

そこもおもしろくて、わたしは地味というか本当にひっそりでいいから、みたいなタイプなんですけど、佳代さんはもう呼べるだけ呼んでくれみたいな(笑)。音楽とかもセレクトしておいてね、みたいな。つねに別の角度から見てますね。

「谷中を語るおばあちゃんになりたい」

ーお店のほかにも谷中にtotanという場所※11を持ってアーティストさんを呼んで企画や展示をやっていますよね。こういったアーティストさんはどうやって探されているんですか?

最初はすごく一生懸命探してたんですよ。初めからなにか人と人、物と人、を繋げたかったんです。お客様が作品を見るとか、美容室には来られるけどそういうところ(ギャラリーなど)にはなかなか行けないおばあちゃんとかが来て新しい感覚を見てもらえるのがいいねっていうことで始めたんです。

最近は流れでお客様とか知り合いの方から紹介してもらえたりで。

美容室だとすごいたくさんお客さんが来てしまうのもちょっとむずかしくて。店員さんがもう一人いたら接客することもできるんですけど、せっかく来てもらったのに放置した感じになっちゃうんです。自分たちも月曜日しか休みがなくてギャラリーとか美術館が休みなので、近くにそういう場所があるといいよねっていうので「それなら来てもらったらいいんじゃないか」って(笑)。

佳代さんが物件やアーティストさんに対するアンテナの感度とか勘がすごく良くて、突入するエネルギーがあるので(笑)。ほんと、かめとうさぎみたいな感じです。

※11.totan…谷中にある多々目的家屋。

ー谷中は最近変わってきたように感じますが、ここ10年の谷中での生活はいかがでしょうか?

こっちに越してきたのがお店をオープンさせてからなので、10年くらいかな。すごい勢いで街が変わってきた感じがします。

でも、もともと住んでる人の方がその変化を楽しんでる感じがして、逆にわたしたちみたいな途中からの人が「ちょっと変わってきて寂しいな」っていう感じです。

わたしたちも当初変わっていくことにすごい「なんか谷中が変わっていく…」っていうドキドキ感があって、「ここじゃなくてもいいのかな」みたいになった時があったんです。でも今は逆にかわっていく様を見続けて「昔はこうだったんだよ」って語るおばあちゃんになるのもいいかなと思っています。

ーそうなんですね。谷中で長く続けてほしいです。

 まわりの人たちと仲良くやってるのもすごいですよね。

谷中の気取ってない感じに憧れて。わたしたちは表参道で働く時に美容師として「演じなさい」っていう風に育ててもらってきたので、少なからず演じることが必要だったんです。

でも谷中に来たら本当にみんな自然体で、それに憧れて来たっていうのもありますね。言葉のキャッチボールもすごい軽やかというか。

でもすごいへたなんです(笑)。うまいこと返せる人いるじゃないですか。そうじゃなくて、「ここでうまく返せず会話が終わる」みたいなこともある(笑)。

ーそれは表参道にいたときにはできてたんですか?笑

表参道にいたときは会話自体がノリツッコミ的なそういうのではないですよね。「お客様」は「お客様」でわたしたちは仕えている、みたいな。いろんな形があると思うんですけど、自分たちがしっくりくるスタイルはこっちだったというか。トントンと会話のキャッチボールできる感じが良かったんですよね。わたし美容室行くと結構緊張しちゃうんですよ。その感じはなくしたいなと思ってて。美容室あんまり好きじゃない人も行けるような。なんか友達の家に来たみたいな感じにしたい。

ーdollsさん、そんな感じはあります。入り口が道路とつながってる感じがするので、用事がなくても「どうも」って言いたくなる。

それは嬉しいです。入り口に「美容室」とか書いてないから、たまにおじいちゃんとか間違って入って来ちゃうんです(笑)。

谷中なので来てくださるお客様のジャンルも年齢層もかなり幅広くて。おばあちゃんの横ですごいハイトーンの若い子がいるみたいな。それはおもしろいなって思います。

ー10年とか経つと街の人たちも変わりますよね。

そう、0歳がもう10歳なので。最初は挨拶とか手をふってくれてた子がすっと通り過ぎてったり。子どもさん産んだりとか。就職してお仕事に就くっていうのを一連に見たり。そういうのにすごい感動してしまいます。

ー本当に、街を語るおばあちゃんになりそうですね。そういう街行く人の人生を眺めていることって。谷中の街を見守る人。

自分たちの店を持つことで、より自然になってる気がします。ふたりでやってるとふたりの世界になっちゃうから、もっと他を知って進化をしていかないといけないなっていうのは話しています。

ー進化というのは美容師的にですか?

美容師的にも、人間的にも。同じ感覚の人ばかりがいると、楽しいけどぬるま湯にいる状態なんだろうなって思う。

全然違う感覚の方とかとも交流したりとか。そいういう考え方あるんだなっていうのを知りたいです。昔は違う考えの人は怖いと思ってたけど、今なら「おおー」って思って否定もしないし、受け入れができそうな気がする。

ー時間を経てきたからですか?

年齢ですかね(笑)、図太くなっていく。

なにか言われても「もうそっちはできないんでごめんなさい」みたいにできるようになってきちゃった。

ーお客さんでも「ここでこういう返しくるんだ」みたいな人っていますよね。

ここは反論すべきなのか、反論しなくていいよな…っていう葛藤はありますね。お客様は別にただ話をしに来てるわけで、ディスカッションしに美容室に来ているわけじゃないので。もし自分がお客さんとして美容室に行ったときに反論されて「違います」って言われるのやだなって。

ーたしかにそうですね。昔はお客様に反論してたんですか?

たぶん佳代さんは昔反論してたんですよ。でも最近それになって。わたしも受け入れ態勢で抑えてた部分を(言ってもいいんじゃないか)って思った時もあったんですけど、いろいろ考えた末、美容室としては反論とか言わなくてもいいのかなって。

日常だったら主張したりこういうことを思ってるっていうのは言っていいと思うんだけど、仕事ではいらない気がします。最近はdollsの上條とか山本ですっていうキャラクターを作っておくのが楽しいのではないかという話になりました。なので名前を変えるって話になった。

ー名前を変える?(笑)

前にちょっとバンドやってたときがあって。その時はKJって名前でギターやってました(笑)。そうするとその時の自分のキャラクターを作っていけるので楽しいなと思って。今SNSがみんなそうなのかもね。アカウントみんな結構もってますよね。

ーたしかにそうかも。そういうことか。

「失敗しよう」「人間同士でどう生きていくかを表現したい」

ーわたしは実はコーヒーの業界をみて最新の研究とか新しい試みとかを見ていると、「わぁぁ」って思うんですが、あまり自分ごととして興味持てないんです。

わたしも客観視しちゃうというか。美容もだんだん薬剤が良くなって、その分複雑化している気がするのだけれど、全員ができることではないから。

けっこう複雑になればなるほど、なんでもそうですけど、髪にも負担がかかってきちゃうからなるべくシンプルで。結局髪って自分でやらなきゃいけないから。わたしたちは美容師だからどうなっても平気だけど。

ー佳代さんに切ってもらうときに「こっちのほうが長持ちするから」ってよく言ってくださるなぁと思っているんですよね。
最近インスタで15秒のイメチェン動画とかをよく見かけますけど、そういう動画を見るといつも「この人1週間後同じ髪型できてるのかなぁ」と考えてしまうんです。佳代さんのその発言を思い出して(dollsさんの発想とは違うよなぁ)って感じるんですよね。

前の師匠の教えが「手入れがしやすくて長持ちして品が良い」、それはもう絶対条件。そしてよりスピード。

美容室に来てゆっくりはしたいけどものすごい長時間いられる人ってあまりいないので、早いに越したことはないってことを言ってて。若かったりカラーを楽しみたい人はいっぱいいるから、それはそれで得意な人もいて。自分の得意なものを生かしていけたらいいよねって思ってます。

ーそれが、自分でも扱いやすくてって感じなんですかね?

髪質を生かす。髪質を生かしてもその人の好みではない場合も多くて。生かすそうとするとその人のコンプレックスに当たることが多いので、なるべくそれを受け入れてもらえるような、それがかわいいと思ってもらえるようなスタイルを提案していったりとか。

ーおふたりともセンスいいですしね…。

嬉しいです。それの方が本人もお金もかかんないしストレスが受け入れたほうがなんでも気持ちが楽になるという気がしますね。

ーわたしも昔は縮毛矯正をかけていて、それを数年前からやめたんです。今のもじゃもじゃヘア初期にdollsさんに切ってもらったんですよ。もじゃもじゃヘア嫌いだったんですけど、前髪ぱっつんにしてかわいくしてもらったんです。それで「あー好きになれそう」って思ったのをすごいよく覚えてます。

わーそれはいちばん嬉しいです。師匠がすごい癖を生かす人で。ストレートは負担はかかるので極力せずに、それでも受け入れられない場合にやる。

ー今のdollsでやりたいこととか課題とかありますか?

10年やってるとマンネリしてるんじゃないかってことで常々なにか変えたいってことは話してるんです。なかなかそのなにかが見つからず。やっぱりふたりでやってるから、新しい風を入れたいなって。

ーなるほど。わたしは自分の店を自分だけでやってると「私の世界」になるのが嫌なんです。ただ、「いつも変わらない店」みたいなものがあることも大事じゃないですか。dollさんは商店街だし、その在り方も素晴らしいことだなって思うんですよね。その両立ってなかなか難しいですよね。

わたしたちの場合ふたりであそこにいるっていうのがおそらくお客様には心地良くて。たとえばアシスタントさんがひとり入るとか、全然違う人が受付にひとりいるとかにするとたぶん空気感が変わると思うんです。それを楽しんでくれる人もいれば、ちょっと違うと思う人もいて、なのでそういうのも含め「こういう人たちなんだな」みたいな感じで受けとめてもらうのも楽しいのかなって。

わたしたちアシスタントの時も、スタイリストになっても上の先輩たちがいたから常にフォローしてもらえてたのですごく守られてきたんです。

だからお店始める時、「失敗しよう」と話してて。結局最後は社長がいたのですごい守られてたというか、守られすぎだみたいな。一回どん底に落ちようって。失敗覚悟で前のお店とは全然違うエリアでゼロからのスタートっていうのができたので、それが安定してしまうと、変わることやゼロになることが怖くなってしまう。

でも結局いつどうなるかわからないからやりたいものは挑戦していこうって感じになってます。

ー美容師以外にもやりたいことがあるってことですか?

美容はすごい好きだけど、それだけに集中できないっていう部分もあって。すっごい美容師に集中していろいろ勉強して発信して新しい薬剤使って…って方もいるけど、そこにはなれないから。人間同士でどう生きていくかっていうのを表現していきたいなっていうのがありますね。美容師っていうのは恥ずかしい、ごめんなさいって思うときがあります。同じことをやってても、今写真とるのうまい美容師さんも多いし、見せ方が上手な人、技術面でもカラーとか上手な人もいるからそれじゃない部分、人としての「こういう美容師もいます」っていうのを出していきたいですね。

ーみんな人としておふたり好きだから来るのかな。dollsさんの人気の秘密がちょっとわかったような気がします。
今日は貴重なお時間をありがとうございました。

ふんわりした雰囲気の佳恵さん。ずっとやわらかい会話と口調で、でもそのやわらかさの中に確かなものを感じて生きていらっしゃるんだなぁと感じました。

「髪質を生かす」という考え方をお聞きして、dollsの佳恵さんと佳代さんがいつも人やもののことを良い話し方しかしないなぁと思っていたことが附に落ちました。持っているものの良さをみつめること、良く光をあててあげるということは、美容師さんとしても人としても体現されていることなんだなと思います。

「人としての美容師」というキーワードは、今の時代にも、谷中にもぴったりのキーワードですね。

これからも通いたいお店だなと思います。

上條 佳恵(かみじょう かえ)

9年務めた美容室から山本佳代と独立。谷中に”dolls”を出して2022年8月で11周年を迎える。

最近気になっていること:合気道

谷中の小さな美容室 dolls

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