ivy

[路端のブランチ]vol.15 大人になったら、行きたかった。

Column

居酒屋なんかより、喫茶店に行ってみたかった。

幼い頃の私には、大人がさもつまらなそうにいつまでもいる、煙もくもくの暗い部屋が羨ましくて仕方がなかった。

オフィス街の一角、神田で生まれ育った私には、看板が黄ばんで、薄暗い部屋からライトが妖しく漏れ出すような、昔ながらの喫茶店が身近な存在だった。

サラリーマンだらけの煙たい喫茶店に、嫌煙家でもある母親が私を連れて行ってくれるはずもなく、私の中では、喫茶店というのは大人しか入ることを許されない、どこか謎めいた秘密の空間と認識していた。

なんで喫茶店に行きたかったのかって、ショーウィンドウにあるココアフロートやカレー、ナポリタンが目当てに他ならない。

偶にデパートの中にある喫茶店は小綺麗だからか、母親が買い物ついでに連れて行ってくれたのだけど、そこで出てくる食べ物がまあ旨いこと。バターの効いたたらこクリームだとか、赤ワインでほろ苦く味付けされた欧風カレーだとか、幼い私にとっての”美味の基準”はそこで形成されたといっても過言ではない。

さて、時は経ち、かわいいと評判の丸顔坊主頭おチビ坊やは、近所で気味悪がられるげっそりモジャモジャ頭のサブカルお喋りクソヒゲメガネになり果てているわけだけど、相変わらず喫茶店で食うメシは最高だ。

この前、彼女と買い物をした日、ランチに気の利いた店でも予約をしておけばデキる男らしいが、あろうことか私は、行きたかった店の定休日を引き当てた。

空気が気まずくなるより早く、次の選択肢!
直感的に思いついたのは、喫茶店。ランチメニューは、カレー、ドリア、ナポリタン、オムライス。

この提案に彼女の顔も思っていたよりだいぶ晴れやか。辛すぎるとか、匂いとか、ハーブのクセとか、好みが故の落とし穴もないし、間違いない。

幼心においしいと感じたものは、やっぱり変わらず好きなのかもしれないし、その感覚はある程度誰にも共有できるものなのだろう。

当時の私と今の私、変わったことといえば……。

「食後のお飲みものはいかがいたしましょうか」

あ、これはストレート珈琲だね。ココアフロートはもう、さすがに頼まない。

[路端のブランチ 序文]

 日曜日、時計を外す。
 そろそろ昼飯を食っておこうとか、もう帰ろう、とか考えることすら億劫だ。あまりに遅刻癖が治らないから、仕方なく間に合わせのチープカシオを平日だけつけるけれど、基本的には時計を見られない。類は友を呼ぶというが、周りもそんな輩が不思議に多い。
 そういう奴らと遊んだり、野暮用を済ませたりすると、自ずと昼飯はグダラグダリとしてしまう。開店前に並ばなきゃいけない飯屋に休みの日を使ってわざわざ行くなんて、僕らの頭には浮かばない。
 時間を気にせず、その時いた場所でサクッと食うメシが一番だ。   ivy