ivy

[路端のブランチ]vol.16 夜のジェラテリア

Column

繁華街の裏通り。すっかり日も暮れて、一軒目の店を出たらまばらな人通りが少しずつ増える頃。ラブホテルといかがわしい店と飲み屋が混在する区画にそのジェラート屋がある。

客引きや立ちんぼ、酔っ払いがうろついて、古めかしいネオンサインが陰気臭く照らすその不穏な通りには、おおよそ似つかわしくない。家の周りでは、ちっちゃい頃から行くなといわれていた場所だし、実に不思議な佇まいだ。

店の主はイタリア生まれの職人さん。基本的に窓越しで注文して、受け取るだけのドライブスルーみたいな形。店構えやスペースも最小限で、装飾も殆どない。なんなら交わす言葉も少ない。番号で注文できるから、紙に書いて渡すだけでも事足りるようなコミュニケーション。

ほら、勝手なイメージだけどさ、日本で「ジェラテリア」っていったら、駅前とかショッピングモールにあって、小ぎれいで可愛らしい店構えが多いじゃない?なんなら可愛い店員さんのスマイルが注文しなくてもついてくるような。そういえば店員さんが歌って踊るアイスクリーム屋あったよね。あれはジェラートじゃないけど。

それが駅からも離れた場末の歓楽街で、移民向けのテイクアウト店みたいな店構えと営業スタイルなんだから新鮮どころの話じゃない。

「はい。好きな味3つ選んでください」

流暢な日本語からしてかなりこの地域で長いみたいだ。注文はトリプルがデフォらしい。凄いボリュームだ。ここは無難に、ラムレーズンとチョコチップ、塩バニラを頼んだら、これが夏の夜に酒と暑さで火照った身体に染み渡る。味は、ひたすら重たい。ずっしりとした甘さ。でも、それがいい。まるでドライフルーツを漬け込んだラム酒みたいな、危険な甘さを感じる。

そういえば、イタリアでは飲んだ帰り、〆にジェラートや甘いものを食べるんだっけ。何かの本で読んだ覚えがある。ここのジェラート屋も完全にお酒の〆仕様。この立地条件だって、無機質な店構えだって、なるほど理にかなっている。あのミニマルな接客も、酔客を相手にするなら効率としてもその他さまざまなトラブルを避けるためにももはや必然かもしれない。

ガールズバーの出勤前だろうか。女の子がジェラートを買ってネオン街に消えていく。無表情で。そして、足早に。

帰りにジェラート屋さん寄ろうよ、なんて大学時代はキラキラ女子が言ってたっけ。で、溶けないように気を遣いながらみんなで自撮り。夜の街、よどんだ空気と排気ガスの中影を落とすこの店は、何もかも正反対。ただ、駅前に放課後デートであの子と食べたジェラートよりも、近くで呑んで帰りに買って帰るジェラートの方がうまい。

これはシチュエーションじゃなく、あくまで味の話。

[路端のブランチ 序文]

 日曜日、時計を外す。
 そろそろ昼飯を食っておこうとか、もう帰ろう、とか考えることすら億劫だ。あまりに遅刻癖が治らないから、仕方なく間に合わせのチープカシオを平日だけつけるけれど、基本的には時計を見られない。類は友を呼ぶというが、周りもそんな輩が不思議に多い。
 そういう奴らと遊んだり、野暮用を済ませたりすると、自ずと昼飯はグダラグダリとしてしまう。開店前に並ばなきゃいけない飯屋に休みの日を使ってわざわざ行くなんて、僕らの頭には浮かばない。
 時間を気にせず、その時いた場所でサクッと食うメシが一番だ。   ivy