ivy

[路端のブランチ]vol.2
西陽の窓辺でトーストを。そして、珈琲を。

Column

服屋の昼休みは遅い。学生時代に働いていた服屋も例に漏れず、メシが遅かった。
「ivyちゃん、1番、行ってらっしゃい」
店長の一言で背中がそれまでもたれていた壁を離れ、ふと腹の軽さに気がつく。無理もない。9時半に店を開けて、早くも南向きの店先に指す日差しが、西向きに傾いているんだから。

こんな時間にやっている飯屋なんて、基本的にはファミレス、立ち食い蕎麦、牛丼、コンビニくらいなものだ。けれど、それにもう一つ選択肢があった。「喫茶店で昼メシ」だ。大事なのは、営業時間の長さ。服屋の昼メシには、これが死活問題。

喫茶店といったって、珈琲が旨い定食屋のような使い方をしていたけれど。ガード下の鄙びた飲み屋街の一角に、肩をすくめるように佇む地味な看板の店がそれで。一見昔ながらの喫茶店だし、実際入ってみてもそう。ただやけにハイカラな店の名前といい、マスターが選ぶ曲の小粋さといい、直焙煎の凝った珈琲といい、下町に残った昭和の残り火にしては随分と色気がある。

ラインナップは、ホットドッグにピラフプレート、オープンサンドにジェノベーゼ、腹に溜まるものが多い上に、よその喫茶店ではお目にかかれないようなものもある。

休み時間も長くはないから、のんびりタバコを燻らせて茶を喫する時間なんてなくて。ただひたすら腹を満たすために掻っ込むならば、ワンプレートか一品がおあつらえ向きだ。食後に出てくるぬるめの、香り高い珈琲を流し込むときは、さながらミルクティーをがぶ飲みするイギリス産業革命時代の労働者にでもなったみたいだ。

日替わりにある”焼肉ピラフプレート”に心躍らせながらも、いつものやつを頼んでしまう。よく行く店というのは、一度いつものやつを頼んでから他のメニューを眺める。次はアレにしよう、いやコレもいいぞ。でも食後の珈琲と喧嘩しないかな、とか。で、次も結局いつものを頼む。

そうこうしているうちに入り口に吊るしてあるドアベルが乾いた音をたてて、斜向かいのスニーカー屋で働く友人が入ってきた。

「お、最近遊びに来ないじゃん」

街の近くに服屋と靴屋は軒を連ねているから、隣同士や喫煙所が同じ店同士、スタッフが互いに買い物をする店同士、面識を持つ。で、昼休みも不思議とかぶるので、いつしかメシを共にする。さすがに同じ釜ではないが、同じ卓を囲むことすらあまりない最近では、かなり親密なのかもしれない。

その友人は私と違い、比較的メニューを頻繁に変える。その割に毎度悩まない。頻繁に変えるから都度悩まなくて済むのか。スニーカーをよくスポーツ用品店でリーボックやアディダスの型落ち、インラインモノを掘り当てて、即決で買っていく彼の姿に不思議と重なる。ナポリタンをよく頼むけど、この日はジェノベーゼらしい。私は結局いつもの。オープンサンド。

喫茶店の一品料理は、味付けよりも本体のテクスチャにかかっている。トーストや、パスタ、ライス……。喫茶店のナポリタンを自宅で作ったことがあればわかると思うけれど、使うものは市販の調味料で、どの店もさほど変わらない。この組み合わせでまずくする方が難しい、テッパン中のテッパンだから。オープンサンドは厚切りだけれど、水分が飛んでカリカリになったトースト。しつこいくらいのチーズとピザソースが、ひび割れたトーストにじっとりと絡んで、濃厚な味わいをより一層ジャンクにしてくれる。喉が渇くから、食後の珈琲は沁みるわけだ。

考えているうちに、くる。友人のジェノベーゼと一緒のタイミングで。あ、してやられた。ジェノベーゼが当たりだ。なんてったって、完璧だ。パスタがもちもちじゃないか。ナポリタンみたいに濃い味には、少し麺を柔くするのがセオリー。外はフライパンで炒めて少しカリッとさせてある。焼うどんみたいに。で、ジェノベーゼに絡めるパスタは、見事なまでに艶を残した、見るからにモチモチの麺。技ありッ!

そうはいいつつ、いつものやつも侮れない。食後の珈琲と、トーストと、パスタが旨い喫茶店。やけに味のあるアンティークのバーチェアが並ぶカウンターが目に飛び込んできたら、たぶんそこだ。もう久しく行ってないけれど、明日の昼、足を運ぼうか。で、必ず食べる。明日こそは、ジェノベーゼ。

[路端のブランチ 序文]

 日曜日、時計を外す。
 そろそろ昼飯を食っておこうとか、もう帰ろう、とか考えることすら億劫だ。あまりに遅刻癖が治らないから、仕方なく間に合わせのチープカシオを平日だけつけるけれど、基本的には時計を見られない。類は友を呼ぶというが、周りもそんな輩が不思議に多い。
 そういう奴らと遊んだり、野暮用を済ませたりすると、自ずと昼飯はグダラグダリとしてしまう。開店前に並ばなきゃいけない飯屋に休みの日を使ってわざわざ行くなんて、僕らの頭には浮かばない。
 時間を気にせず、その時いた場所でサクッと食うメシが一番だ。   
ivy