ivy

[路端のブランチ]vol.3 幸せの黄色い看板

Column

黄色い看板は信用できる。特に時間がないとき、腹が減っているとき、まさかのまさかにも間違いがない。

カレー屋、ラーメン屋、焼肉屋、定食屋、中華屋、飲み屋、何をするにも腹拵えには、街中に黄色を探せばいい。

“美味い”というより”旨い”、萎んだ胃袋から筋張った手がニョキッ、と飛び出してくるよう な、渇望している快楽を満たすような、そういう本能へ訴えかける店に当たる率が高いから だ。

例えばだけど、旨い立ち食い蕎麦屋の看板には、不思議と黄色い看板が多い。駅のホームにあるやつとか、チェーンの店じゃなく、創業からダクトを洗っていなさそうな、天ぷらをショーウィンドウに揚げ置きしてあるタイプのじじくさい店だ。蕎麦はふにゃふにゃ、天ぷらの油は古そうで、揚げ置きしているから当然硬くなっている。冷静に考えたら旨いはずはないのに、どういう訳か無性に食いたくなる、不思議な魔法がかかっている。

芯まで冷えたコロッケを、逆に火傷しそうな温度に煮立った甘めのケミカルな麺つゆにくぐらして、齧り付く、あの瞬間。きっと何か危険なアドレナリンが出ているんじゃないかというくらいの快楽が襲いかかる。

機内食の銀紙、マックの紙袋、スキー場の食券……。見てくれや食べ物のジャンルは違えど、似た種類の安心感だ。

腹が減った、というある種の恥ずかしいくらい当たり前な煩悩には、余計なサービスをちょっと端折った、突き放されたくらいの方が収まりが良く感じるのかもしれない。

上野駅で海外から帰ると必ず行きたくなる店、「クラウンエース」も間違いなくその系譜に あった。最近流行りのカレー女子、おしゃれカレーなんかとは無縁の、下町に続く男飯、昭 和のカレー屋。こういう惹句すらありきたりに感じてしまうくらい、圧倒的な存在感が神々 しかった……。

このコロナ禍でひっそりと店を閉じてしまったようで。もうあの、目と鼻を塞がれてもカレーとわかりそうなハーコーな味にはもう会えんのか、と。立ち食い蕎麦屋にも通じる、あの前近代的な揚げ物がルウの湖で所在なさげに鎮座する様をまた見たい。

クラウンエースに限らず、最近はこういう店が随分と減った。そりゃ、ファミレスならサラダしか頼めないくらいの値段でお客を腹一杯にしているんだから、人が来なきゃ話にならない。商売を畳んだり、落ち着くまでシャッターを閉めておくのは、何ら不思議じゃない。

バーや居酒屋と違って、カウンター越しに話をするわけでもないから、突然、ふっと閉まって、客は取り残される。そして、大抵面食らう。どうしようもない喪失感を抱えて、仕事の日の昼休み、黄色い看板を街に探す。

あれ、この辺りにあったんだけどな、安い中華屋。メニューが日に日に増えていく、そのくせにみんなチャーハンしか頼まない店……。店の名前はとうに忘れているけど、確実にあっ た場所の目印を見つけた。つまりはそういうことか、もうないんだ。あの場所は。

[路端のブランチ 序文]

 日曜日、時計を外す。
 そろそろ昼飯を食っておこうとか、もう帰ろう、とか考えることすら億劫だ。あまりに遅刻癖が治らないから、仕方なく間に合わせのチープカシオを平日だけつけるけれど、基本的には時計を見られない。類は友を呼ぶというが、周りもそんな輩が不思議に多い。
 そういう奴らと遊んだり、野暮用を済ませたりすると、自ずと昼飯はグダラグダリとしてしまう。開店前に並ばなきゃいけない飯屋に休みの日を使ってわざわざ行くなんて、僕らの頭には浮かばない。
 時間を気にせず、その時いた場所でサクッと食うメシが一番だ。   
ivy