ivy

[路端のブランチ]vol.7 オフィス街の珍名物

Column

あまりそうは見えない風体なんだけど、会社員をしている。コロナ禍もありほとんど在宅。ただ、時折会社に行く日があり、大抵の場合、こういうときは面倒ごとを頼まれる。

適当な理由で断る労力と面倒ごとを引き受ける手間を天秤にかけ、後者が勝つとはどうも思えないが、それでもどういうわけか足が向く。それは単に、自分で作る昼飯に飽きたからというほかない。

会社の周りは会社しかない。だから、必然的にそこで働く者に当て込んだ飯屋が集まっている。

片足よりでかい(私の靴は28cmだ)アジフライ、小皿が5つついたミールス、顎が外れそうなバーガー、10代の頃より衰えない食欲を満たしてくれる、それでいてわかりやすく旨いメシにありつけるのは、明らかに大きなメリットだ。

懐が寂しいサラリーマンに当て込んでいるからか、値段も叩き売られている。

さて、今日も上司に面倒ごとを頼まれて会社の最寄りまでやって来た。昼休みは移動で消えそうだ。会議に間に合わせるには昼飯の時間が約15分。

本末転倒!

ああ、断るべきだった。だが、時すでに遅し。こんなときは迷わず向かう。駅前にある立ち食いの蕎麦屋だ。

蕎麦屋だというのに凄まじいメニュー数で、食券を端から端までチェックしていたら気が遠くなりそうだ。

何を置いても出てくるのが早い。そして、安い。これは昼休みに行く店としては必須条件にして極めれば最強のアドバンテージだ。プラスそこそこ旨ければ尚のこといい。

看板メニューは、カツ蕎麦。普通、一緒にしない。かけ蕎麦ミニカツ丼セット、だよね。常人の理解を超えてくる発想だ。

卵とじのトンカツが冷たいかけ蕎麦にドン!と鎮座する光景。ある意味”映える”んじゃないか、グルメリポーターが騒ぎ立てる絵は浮かぶ……それくらいのインパクトがある。それでいて、寂れた観光地の自称名物ランチに出てきそうな、哀愁漂うやっつけ仕事感がいいアクセント。

恐らく、強烈なビジュアルの割に簡単に味が想像できてしまうのがこの哀愁の正体だ。ただ、時間がなくて腹が減っている。短時間で満腹中枢を刺激したい日、まさにこういうド直球の鈍速ストレートがハードヒットするんだよなあ……。

しっかり飴色、すき焼き系の甘いタレで煮た玉ねぎが意外にも麺つゆと絡んで、初っ端から食欲をそそる。トンカツは揚げたてな分、冷たい蕎麦が若干ぬるくはなるが、それくらいはご愛嬌。

腹の鳴りに身を任せ、豪快にずずずっと音を立てて、大量の蕎麦を啜る。ここで気付くのが一番大きなポイント。”アタマ”の崩し方次第でご飯とカツのハーモニーを楽しめるカツ丼と違い、こちらは蕎麦を啜る際にはカツが食べられない。蕎麦、カツ、の交互食いを進めていくしかないという、大きなハンディキャップがある。

ただ、蕎麦にカツの甘いタレが少し絡むのが私は好きだ。お子様ランチでハンバーグのデミグラスソースとエビフライのタルタルソースが混ざった場所が旨い、あの感覚に似ている。

たぶん料理としてはマイナスなんだろうけど、そこが旨いと感じる、不思議な感覚。わざわざやるのはなんか違う。偶然の産物だからいい。

さて、脳内であれこれ語る間に、今日も完食ッ!記録は7分半。まずまずだ。さて、会議に行かなくちゃ。あと……2分!

[路端のブランチ 序文]

 日曜日、時計を外す。
 そろそろ昼飯を食っておこうとか、もう帰ろう、とか考えることすら億劫だ。あまりに遅刻癖が治らないから、仕方なく間に合わせのチープカシオを平日だけつけるけれど、基本的には時計を見られない。類は友を呼ぶというが、周りもそんな輩が不思議に多い。
 そういう奴らと遊んだり、野暮用を済ませたりすると、自ずと昼飯はグダラグダリとしてしまう。開店前に並ばなきゃいけない飯屋に休みの日を使ってわざわざ行くなんて、僕らの頭には浮かばない。
 時間を気にせず、その時いた場所でサクッと食うメシが一番だ。   
ivy